民法改正について…基本契約中の譲渡制限条項に反した債権譲渡を理由とする解除などの可否

 川井先生のブログの記事に触発されて、まとまらないままですが何か書きなぐってみました。あたらしいことは何もないですね。すみません。
川井先生のブログ記事 http://blog.livedoor.jp/kawailawjapan/archives/9050470.html

1. 原契約の譲渡制限条項に反する債権譲渡
(1) 改正民法下での債権譲渡の譲渡制限特約
 2020年に施行される民法改正では、債権譲渡に関する規定も大きく変容します。現行法では債権の譲渡禁止特約は悪意重過失ある譲受人に対しても主張することができますが、改正法では債権に譲渡制限条項が付されていることを知りまたは重過失ある譲受人との関係でも、譲渡自体は有効とされます。その上で、譲渡制限条項に悪意または重過失のある譲受人との関係では、債務者は譲受人からの履行を拒絶したり、譲渡人に対して生じた事由を対抗することができるにとどまります。
 悪意重過失ある譲受人との関係で、債務者が譲受人からの履行を拒絶できる場合、債務者は譲渡人からの履行を受けるとともに(弁済の固定効)、譲渡人・譲受人との関係は別途処理する(譲受人が譲渡人に対して履行内容に相当する給付を行う。)ことになります。

(2) 譲渡制限特約違反が基本契約違反として解除・損害賠償の対象となるか
 このように、改正民法の下では譲渡制限条項が付されている債権でも有効に譲渡することができます。もっとも、譲渡制限条項は債権者と債務者との間の取引基本契約にて定められていることが少なくなく、取引基本契約では一方当事者の契約違反により他方当事者が損害賠償請求や解除をすることができる旨定められていることが少なくありません。
 では、取引基本契約の中で債権の譲渡制限条項がある場合に、それに反して債権譲渡をした債権者は、その相手方から契約違反による損害賠償請求を受けたり、取引基本契約の解除をされてしまうことになるのでしょうか。
 この点に関して、改正民法は何も規定していません。しかしながら、法務省の立案担当者は、大要、①取引基本契約中の譲渡制限条項の目的が弁済先の固定にある場合には、譲渡制限特約が付された債権の譲渡は、取引基本契約中の債権譲渡制限特約の趣旨に反するものではないから、特約違反(契約違反)を構成しない(債務者は損害賠償や解除をできない。)、②そのような場合に、仮に特約違反を構成するとしても、(弁済の固定効が生じるため)債務者にとっては特段の不利益はなく、にもかかわらず解除などを行うことは権利濫用に当たり得る、という見解を表明しています(たとえば、平成28年12月2日衆議院法務委員会)。
 この法務省の見解は、条文には何も書かれていないものですので、これをどのように考えるべきか(この見解に乗っていいのか、あるいは乗るとしてもどのような範囲に打倒するのか。)が問題となるところです。
 なお、背景となる点ですが、債権譲渡の制度の改正に当たっては、大企業向けに債権を有する中小企業(下請けであったり大企業に製品の納入をしたりする場面が想定されます)の資金調達方法として大企業向けの債権を金融機関などに譲渡することをより活発にしたいとの考え方があるようです。

2. 法務省の見解の評価
(1) 改正民法そのものの説明にあたるか?
 以上の法務省の見解は政省令ではなく、法的な拘束力を持つものではありません。
また、法律の立案にあたって条文の背後にある考え方を立案担当の省庁が説明することがあり、そこで示された考え方は条文の整合的な解釈として重要なものですが、以上の法務省の見解も、条文の背後にある考え方そのものというには少々距離があるように思います。
本件についての法務省の見解は、法律(案)そのものの解釈を示すものではなく、一定の法制度に関する私人の間の契約書の内容についてその解釈や効力についての考え方を示すものです。債権の譲渡制限条項が強行法規違反とするのあればともかく、そうでないのに取引基本契約上の譲渡制限条項の解釈や効力について見解を述べるのは、いささか勇み足のように思えてなりません。
とくに、契約書の内容は当事者間の個別の事情に基づき決定されるものですから、強行法規違反に当たらない契約条項の解釈や効力につき一律の見解を示すことは困難はずです。また、権利濫用という一般法理も(ある程度類型化される場面はあるものの)基本的には個別の事情を踏まえて決せられるものですので、これもまた一律の見解を示すことは困難なはずです。
法務省の見解は、立案担当者の見解ではあるものの、あくまでもあり得る一つの見解が提唱された、という程度のものとしてとらえるべきもののように思います。

(2) 解釈論として成り立ちうるか。
 では、法務省の以上の見解は、法解釈としては妥当性を持つのでしょうか。
 一般論では、契約条項に形式的な違反があるものの、その違反により当該契約条項において相手方に実質的な不利益などが生じない場合には、相手方からの契約違反の主張が契約の解釈により、または権利濫用などの一般法理の適用により排斥される場面は(常にかどうかはともかく)あり得るところです。法務省の以上の見解も、この一般論を述べる限りにおいては、自然な議論だとは思います。
 もっとも、問題はその先にあります。譲渡制限条項を含む取引基本契約に反した債権の譲渡が、債務者に不利益を生じないというのはどのような場面なのか。これを検討することで法務省の見解の妥当範囲をより明確に議論できるように思います。

(3)法務省の見解の妥当範囲は?
 そこで、法務省の見解を検討しつつ、その妥当範囲を見ていきたいと思います。
ア 譲渡制限条項の目的が弁済先固定効にあること
 第1に、法務省の見解は譲渡制限条項の目的が弁済先固定効にあることを前提としているようです。仮に取引基本契約の解釈として譲渡制限条項の目的として弁済先固定効以外のものが存在するという議論が成立すれば、譲渡制限条項に反した債権者による債権譲渡は、取引基本契約違反として解除や損害賠償が認められることになりやすいでしょう。
 今後は、債権の譲渡禁止条項(譲渡制限条項)に、支払先固定以外の目的があるかどうかより明確に意識することが迫られるように思います。特に、債権譲渡に関する規定は改正法の施行前に成立した債権についても、施行日以後の譲渡であれば適用されることから、施行日前からでもこの点の議論が必要となってくるように思います。

イ 弁済先固定効が生じることが明確であること
 第2に、弁済先固定効が生じることが明確な場面であることが必要です。法務省の見解も弁済先固定効の発生を前提としていますが、弁済先固定効が生じるかどうかわからない場合(譲受人が譲渡制限条項の存在を知りまたは知らないことに重過失があったかが明確ではない場合)には、債務者としては履行拒絶や譲渡人に対して生じた事由を対抗することができるかが明らかではなく、そのような状態に置かれること自体重大な不利益に当たるということができます。
 法務省の見解が想定している場面は金融機関によるABLなどであり、債権譲渡を受ける金融機関などは、債権の発生の根拠となる契約に譲渡制限条項があるかを精査することが当然に期待されるとも考えられます。そうすると、金融機関に対する譲渡がなされる場合、通常は、取引基本契約に譲渡制限条項が含まれることを金融機関は知っていたかあるいは重過失により知らなかったとされるように思います。

ウ 正常な資金調達取引であること
第3に、法務省の見解は中小企業の資金調達が円滑に行われることを期待していることに留意する必要があります。融資自体を行うことが違法となる業者による貸付けに際しての債権譲渡の場面など、正常な資金調達とはいえないものについて妥当するとは言いにくいように思われます。
 正常な資金調達以外での債権譲渡は、また、債務者にとっても不利益となる場面ともいいうるかもしれません。

エ 小括
 このように、法務省の見解は一般論として成り立つとしても、その適用範囲は金融機関のABL供与の場面に限定されており、それ以外の場面で同様に妥当するかは慎重に検討しなくてはなりません。また、ABL供与などの場面においても、取引基本契約の譲渡制限条項の目的などを精査する必要があります。

3. まとめ
 以上みてきたように、法務省の見解は一般論として成り立ちうるとしても、どのような場合に妥当するかは慎重な検討が必要です。
 大企業との取引なる中小企業としては、法務省の見解により安易に債権譲渡をすることは危険です。譲渡制限条項の目的について、債務者である取引先との間で見解の不一致が生じることを避けるためにも、やはり従前どおり譲渡制限の解除の個別同意をとることが必須のように思います。
 また、債権譲渡を受ける金融機関などについても、譲渡により顧客である譲渡人が取引先から取引基本契約の違反を追及されるリスクを十分に説明したうえで、必要な措置をとることが望まれます。(金融機関側の対応については井上聡・松尾博憲編著『Practical 金融法務 債権法改正』(金融財政事情研究会・2017年)155ページ以下が詳細に論じています。)。


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