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7話:碓氷第三橋梁のアプト道散歩
「日本の旅と風景印の物語」をテーマに、日本各地の旅紀行を綴っていきたいと思っています。
7話目は、今月のお話になります。どうぞお読みください。
長らく憧れていた群馬県の碓氷第三橋梁(通称 安中めがね橋)へ、ようやく訪れようと、計画は大詰めになり気分は大いに盛り上がっていたのだが、
そこにいきなり全国ニュースで速報が流れた…
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安中めがね橋に行くのに安中にクマが出て人が襲われたというではないか。
せっかくの旅計画だったのに、家族は大反対。一気に暗雲が立ち込めた。
けれども、出るか出ないかわからないクマに怯えていたら、日本全国どこにも行けなくなってしまう。
そこで対策‥‥
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熊撃退スプレーは、少し値段が高いけど、噴射時間が長くて噴射距離も遠いものを選んだ。もしもの時、すぐに使えるようにホルスターも。
事前にテストしておくようにと注意書きにあったので、近所の森に行って試してみたら、真っ赤な霧が吹きだした。
よし、これで安心だ!
群馬県にある「碓氷第三橋梁(通称 安中めがね橋)」とは、今から130年以上昔の明治25年に造られたもので、軽井沢へ向かう鉄道「碓氷線」を走らせるための橋梁のひとつだ。
今は廃線となった碓氷線の線路は「アプトの道」と呼ばれ、ハイキングにはもってこいの素晴らしいルートとなっている。JR横川駅あたりを起点に、林を抜けいくつものトンネルを抜けて碓氷第三橋梁へと続いている。さらに歩くと旧熊ノ平駅(クマが出そうな名前だ)に至って終点となる。往復すると12kmほどになるコースだ。
朝7時に、アプトの道の起点に立った。ここは標高384メートル。
6月とはいえ梅雨入り前。爽やかな山の天気で、気温は20℃という絶好の散歩日和。
熊避けの鈴もしっかりつけた。
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アプトの道は、元々が線路であっただけに、平坦で歩きやすい遊歩道だ。
車椅子でも走行可能なくらいに整っているので、歩行に障害があるかたやお年寄りにもオススメしたい。
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ここがなぜ「アプトの道」と呼ばれるのか。
その訳は、かつてこの碓氷線が標高差の大きい碓氷峠を越えるために、ドイツの山岳鉄道で実用化されていた「アプト式」の鉄道を敷いていたことに由来する。
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(ウィキペディア)
はじめのうちは、のどかな町外れを歩くが、だんだんと林が深くなって緑に囲まれると、野鳥の声が響きわたるようになる。
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アプトの道の左側を見ると、JR信越本線の線路が並行している。このJR信越本線が開通したことにより「碓氷線」は廃線になった訳だが、この区間のJR信越本線も、新幹線が開通したことにより既に廃線になっている。
鉄道の歴史は夢幻のように移り変わる。
アプトの道をてくてく歩いていると、沿道には、これでもかという程のモミジが植樹されている。深いモミジ林も見られて、とにかく右も左もモミジで、秋になったら紅葉がどんなにか美しいだろうかと想像が膨らむ。
今はちょうど、愛らしいモミジの実がついていた。
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しばらく歩いて見えてきたのは旧丸山変電所。
「碓氷線」が電化されるに伴って明治44年に建造されたもので、国の重要文化財。この変電所の役割は、発電所からの電気を機関車に供給することだったが、それ以前の「碓氷線」は蒸気機関車で運行されており、さらに昔には馬車鉄道の時代もあったらしい。
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ここから先は、碓氷第三橋梁(通称 安中めがね橋)までの間に5本のトンネルが待っている。どれも明治時代のもので、よくぞ現代まで維持されてきたものかと、昔の土木技術に感服する。
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中は照明が点いていて、安全に歩けるように配慮されているが、夕刻から夜間にかけては消灯される。
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さすがにトンネルの中は涼しくて気持ちいい。
熊避けの鈴の音も、からぁ~ん、からぁぁぁ~ん、とエコーして、いち段とクマを追い払ってくれるような気がした。
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トンネルを抜けるたびに、森が深くなっていく。このあたりでは何故か野鳥の姿が無く、森は静まり返っている。腰に下げた熊避けの鈴だけがカランカランと鳴っていた。 その時、
!!!ッ‥‥
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おどかさないでよーー
クマが出たかと思ったよ!
たぶん二ホンカモシカだったのではないかな。
驚いたのはこちらの方だけで、カモシカはのんびりと茂みの中で佇んでいる。しばらく観察させてもらったが、そのまま逃げる様子もない。完全に目が合ったのだが‥‥
熊避けの鈴を鳴らさないように押さえつつ、足音を忍ばせてそっと立ち去ることにした。
ふり返ると、カモシカはまだ茂みの中にいた。
さらにアプトの道は続く。
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ハァ、ハァ‥‥
なんだか息が上がってきた。まだ1時間そこそこしか歩いてないのに。
喉もカラカラになった。
水分を摂りながら高度計を確認したら、なんだか知らない間に300メートルも登っていた。
ここまで来るのに、登りを全く意識させなかった。ほぼ平坦なつもりでいつものペースで歩いたら、今になってじわじわと効いて来たようだ。
(トシとって状況判断力が低下したのか?)
いいや!
それくらいアプトの道は、歩きやすい穏やかな道なのだ。(ホントです)
とりあえず少しペースを落として進む。
じきに5本目のトンネルが現れて、それを抜けるといきなり絶景が広がっていた。
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出た!!
碓氷第三橋梁(通称 安中めがね橋)橋梁上の高いところに出たのだった。
こんな高いところに一気に出てしまって、コースはそうなってると知ってはいても驚かずにはいられない。
他の写真を使って説明しよう。
橋梁の右端にあるトンネルが、出て来たところです
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谷側を国道18号線・中山道が走っているのに対し、山側にはJR信越本線の鉄橋が架かっているのが、橋梁の上から望める。
大昔から、ここが交通の要所であったことを感じさせられる。
ちなみにこの碓氷第三橋梁(安中めがね橋)の高さは、川底から31メートル。
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橋梁上の眺めは絶景で、しばらくキョロキョロして離れられなかったが、橋梁本体をこそ拝見したかったので、123段の階段を下りて行く。
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ここは、車椅子のかたやヒザが痛いお年寄りには無理だった。
しかし諦めないでほしい。
アプトの道の起点から、しばらく歩いて楽しんだら引き返して、クルマで国道18号線を走れば碓氷第三橋梁(安中めがね橋)の足元まで簡単にアクセスできる。大きくないが駐車場も整っている。この景色は見ていただきたい。
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この橋梁も、もちろん明治の建造物。
この上を鉄道が走ったのは明治から大正、昭和にかけてのおよそ70年間。そして廃線になってから現在に至るまで60年間。もの言わぬ橋梁が支え続けた歴史と時代の営みをひしひしと感じた。
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ここには駐車場もあり訪れる人が多く、写真撮影をする人で賑わっていた。
中には愛車のバイクを写し込もうと狙ってスゴイ態勢でカメラを構えている人や、ドローンを飛ばして撮影している人までいた。投稿でもするのですかと尋ねたら、仕事なのだとのことだった。(なんの仕事だろね)
この橋梁下では碓氷川の奔流が激しい音を立てて流れており、わたしはそれをボイレコに録音した。(ワケわからない轟音になっただけ…)
123段の階段を上にあがって、アプトの道にもどった。
大半の人は、碓氷第三橋梁(安中めがね橋)で折り返して戻るようだが、せっかくなので、アプトの道の終点があるといわれている旧熊ノ平駅まで、さらに歩いてみようと思う。
ここから先は、新たに5本のトンネルと幾つかの橋梁を渡ることになる。
クマの気配が濃くなってくるので、警戒も強めて歩いて行こう。
起点から数えて8本目、9本目‥‥。
ひとつひとつのトンネルは、歩いて抜けるにはそこそこ長かった。
けれども、それぞれに異なった造りと景観の物珍しさで、まったく疲れを忘れて歩いていた。
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有名な碓氷第三橋梁の他にも、小さい橋梁が幾つも架けられている。
森を抜けてアプトの道は続いて行く。
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10本目のトンネルを抜けると、目の前に開けた場所が現れた。
ここがアプトの道の終点、旧熊ノ平駅の跡地だった。
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居並ぶトンネルはすべてが廃線。
左の2本がJR信越本線の上下線。右の2本は碓氷線が複線で運行されていた痕跡になる。
つわものどもが夢のあとかぁーーー
風に吹かれてぼーっとしていたら、いきなりうしろから声がかかった。
どちらまで行くんですか~~~
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(ご本人の許諾を得て掲載しています)
どちらまでって、ここが終点ですよね?
ここで折り返してわたしは帰ります、おたくはどちらまで?
「小諸まで行きます。」
長野県の小諸ですか? ここは群馬県ですよ。
この先に道はあるんですか?
かつての碓氷線に沿って、この先の碓氷峠を越えるつもりでいるらしい。
どこから来たのか聞いて、もっと驚いた。島根県から来たとのこと。
クマよけに鈴をいっぱいつけているが、それで大丈夫なんだろうか。
かなり心配だったが、余程に旅慣れている様子のこの人を見送った。
後ろ姿に、思わず手を合わせてしまっていた。
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ここ旧熊ノ平駅の敷地内には、熊ノ平神社と、昔この地で災害に遭いながら鉄道を守って殉死された方々の慰霊を弔う碑が建っている。
そこにお参りして、引き返すことにした。
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帰路は緩い下り坂にすぎないのに、やけに軽快に足が運んで道がはかどる。
この時間になると、すれ違う人も出てきて「クマ出なかったですか?笑」と声を掛けられたりした。
するりするりと碓氷湖のところまで戻って来てしまったが、少し歩き足りない。ここで寄り道することにして、アプトの道から逸れた。
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湖畔まで下りて行ったら、「1周1200メートル」という遊歩道の案内板があったので、迷わず歩いてみることにした。
その前に、せっかくなのでダム見学。
碓氷湖は坂本ダムによる人造湖で碓氷川が源流。近くには霧積川の霧積ダムもあって、わたし達の世代は「人間の証明」という古い映画を思い出さずにはいられない。帽子をとばされないようにしなきゃ。笑
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碓氷湖の湖畔に、日本人なら誰でもが知る(近ごろは知らない?)小学唱歌「紅葉」の碑があって、この歌詞の舞台となったのが、さきの旧熊ノ平駅近辺だったと知った。この地は昔から、日光や箱根と並ぶ紅葉の名所だったというではないか。(どうりで、右も左もモミジだった訳ね)
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さて、碓氷湖1週コースへ入ってみよう。
水辺は涼しくて、景色もとりどりで、ここの散歩道はとてもいい。近くに住んでいたら毎日歩きたいくらいだ。
少し歩き難い場所もあるが、補助してくれる人がいれば車椅子でも大丈夫だろう。
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湖では丸々と太った鯉も泳いでいたが、ここではカヌーを浮かべてバス釣りを楽しむ人もいるらしい。
一方、湖畔のトイレはとても管理が良くて清潔。バリアフリーとまではいかないが広々として使いやすかった。(安中市の納税者の方々に感謝)
寄り道をたんのうして、またアプトの道に戻った。
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正午もだいぶ回ってしまったが、最後の寄り道で碓氷関所跡へ。
東海道の箱根関所と並んで、こちらも古くから中山道の交通の要所だった。
とても厳しい取り調べに、多くの旅人は苦しめられたらしい。
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ここまで来ると横川の町もすぐそこで、散歩道の終点も近い。
13km以上の距離を歩いた計算になった。
さて、このあたりで今日の風景印をいただこう。
アプトの道の起点にほど近いところ、うっすらと緑に囲まれた静かな場所にレンガ色の建物が見えてくる。
横川郵便局だ。
ここではまず、横川郵便局限定のポストカードを1枚お土産用に購入した。
とても貫禄のある女性の局員さんが対応して下さり、お支払いの際に「風景印もありますから、どうぞ!!」と推された。
長年、風景印集めをしてきたが、こういう嬉しい営業(?!)は初体験。
「もちろんです!」と応えて、切手の支度にかかった。
用意して来たものの中に、群馬県の「吹割りの滝」の切手があって(場所は違うけど)今日の碓氷第三橋梁の下を流れていた碓氷川の奔流のイメージと少し重なるので、それを選んだ。
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さっきの女性局員さんが、笑顔で押して下さった。
わたしは「ひとつ、伺ってもいいですか?」と言葉を掛けた。
「ぐるりとギザギザが囲んでいるのは、もしかして?」
局員さんは、アプト式の歯車がデザインされているのだと教えてくれた。
「やっぱり! それから右側の端の曲線は、何なんですか?」
それは、山の稜線だということだった。
「‥‥この風景印、サイコーですね!!」
心からそう思った。
アプトの道を歩き切って、本当によかったと満足した。
すっかり時間が遅くなってしまったが、最後はおぎのやの峠の釜めし本店に行って、昔ながらの釜めしを買った。
有り難いことに、片隅にテントが張られて、釜めしを食べられるようにされていた。お腹はもうぺこぺこだ。
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100年以上の歴史がある おぎのやの峠の釜めし1300円
「山の幸にて風味豊かに調整致してあります」との能書き通りに、美味しい釜めしだった。
テントの中には、食後の空き釜を回収するボックスが用意されていたので、利用させてもらった。リサイクルするのは好ましいけれど、残念ながらデポジット制度にはなっていなかった。笑
(あのお釜、高そうなんだけどね‥‥)
またいつか、誰かを誘って歩きたい。
アプトの道(と、おぎのやの釜めし)よ、永遠に!
本日の散歩 26526歩
本日の車走行 342.8km
🌺長文の記事を最後までお読みくださり、ありがとうございます🌺