2話:廃局の日を待つ箱根芦ノ湯郵便局
「日本の旅と風景印の物語」をテーマに、日本各地の旅紀行を綴っていきた いと思っています。
2話目は、昨冬のお話になりますが、どうぞ読んでください。
3月17日をもって廃局となるという「箱根芦ノ湯郵便局」の噂を聞いた。
利用者が減少して、業務は箱根町郵便局が引き継ぐはこびになるらしい。
うら淋しい思いがよぎった。
きっと昔は、けっこうな温泉地としてにぎわっていたに違いない。
芦ノ湯との名前は、地名からきているようだが、往時が偲ばれた。
冬晴れのある日、車を出してぶらりと箱根に向かった。
長年のあいだ、出掛けた先で風景印を求めるのは欠かさなかったが、風景印を求めるために出掛けたのは、これが初めてだ。
とはいえ、せっかく箱根まで行くのであるから、気持ちのいい散歩道などがあったら立ち寄ってみよう。
小田原から箱根に向かう国道を走り、富士屋ホテルのところを左折する。
お決まりの旧街道は、箱根駅伝でもお馴染みのコースだ。
箱根登山鉄道の線路をわたり、小涌園ユネッサン横も通過。
そうこうすると、道は芦ノ湖に向かって下り始める。
さっそくだが、このあたりで今日の風景印をいただこう。
しばらく下って行ったところで、小さな路地を右に入るとすぐに、何かの小屋のような建物が、森にのみこまれそうになりながら建っている。
芦ノ湯郵便局だ。
長年、郵便業務を担っていただいたことへの感謝をこめて、郵便ポストの絵柄の切手を貼った。料金不足分には寒椿。
この芦ノ湯郵便局は、山中にひっそりとたち、駐車場すら無い。
中では男性の職員さんが2~3名、やけに忙しそうに動き回っていて、先客が2名。カウンターで何やらとりこんだ用事をやり取りしているようだ。
廃局まぎわで忙しいのか。
しんみりと風景印を押してもらう空気ではなかったが、隅のほうで引き出しをいじっていた女性の局員さんに声をかけてお願いした。
彼女は、おもむろに奥の戸棚から風景印を出して準備をはじめ、慣れた手つきながら非常に慎重にスタンプを構えた。切手にむかって狙いを定めると、
‶はっけよぉ~い″とばかりに固まって、押しそうで押さない。
固唾をのんで見守り、こちらも固まる。
そして気合を込めたと思うや、静かに「ぺたり」
お見事。
これほどまでに、溜めに溜めて風景印を押す局員さんには、初めてお目にかかった。
過去に、せっかくの風景印を、
いくたび無造作に押されて涙をのんだことか‥‥。
見るも無残な風景印。
それ以上に、自分の意識の低さにも驚く。平成27年当時には、罫線を引いたノートに(旅先ではこれに雑感を綴っていた)風景印を押してもらっていたなんて‥‥。
さて、車を移動させて芦ノ湖の湖尻へ。
遊覧船ターミナルの駐車場(この時期無料)に車を停めて、「九頭竜の森セラピーロード」と呼ばれる遊歩道に入ってみる。
名前の通り森林の癒しを感じる、心地いい遊歩道だ。
杉林や雑木林が続き、その中に驚くほどの巨木があらわれる。庭木でよく見掛けるほっそりとしたヒメシャラも、ひとかかえほどの特大サイズだ。
セラピーロードの終点は元箱根。
ここには、以前から目を付けていた箱根プリンスホテルの「パン工房」がある。噂ではここが、芦ノ湖周辺で、おいしいコーヒーがいちばん安く飲めるお店らしい。
箱根プリンスホテルのわりに全くかしこまらない雰囲気の「パン工房」に、気を許してずかずかと入り込んだ。
焼きたてタイムではなかったが、おいしそうなパンがならんでいる。
選んだのは、「鳴門金時ポテトパン¥220」「カシス&チーズブレッド¥260」「アップルシナモンロール¥280」そしておいしいカフェラテ¥370(普通のブレンドはもっと安い)。
どれもおいしいうえに安く、噂は本当だった。
虎は死して皮を残し
人は死して名を残す
芦ノ湯郵便局は消滅して風景印を残す
それではまた、次の旅で。
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