破られた手紙
5時限目の始まりを告げるチャイムが鳴ってから、数分経っていた。教科は道徳。しかし、担任の先生はまだ来ない。教室は、昼休み気分のまま、それぞれの会話を楽しんでいた。
私はというと、仲の良い先輩に手紙を書いていた。たいした内容じゃない。中学生特有の、中身のない手紙だ。
廊下側の席だった。開いていた扉から、先生が教室に入ってきたのを目の端で確認した。今日の手紙はハート型に折ろうか、シャツ型にするか…授業終わったら考えますか、と顔をあげると、先生は真っ直ぐ私のところに来て、目の前でその手紙を破いた。
☆
私はいわゆる【優等生】だ。
校則は守る。学級委員に立候補する。学校行事は積極的に参加する。部活も真面目に取り組む。テストの成績は学年でも5位には入っていたはずだ。
それまでの人生で、先生に怒られた事はなかった。
怒られることをしてなかったわけじゃない。うまくやっていたのだ。やる事やってれば大人は文句言えないよね?と思っていた。もちろんそう思ってる事を、大人に気づかれないように。
☆
「授業中にやることじゃないだろう」
「まだ授業は始まっていません」
「チャイムが鳴ったら授業開始だ」
「納得できません」
先生を睨みつけたのも、人生で初めてだった。私が反抗するとは思っていなくて、先生は戸惑ったらしい。
そもそも遅刻してきたのは先生のほうだった。手紙を書くのはチャイムが鳴った時点で一度中断していて、先生が時間通り来ていれば、残りは授業後に書くつもりだった。だから戦った。破られた手紙はもう元には戻らないのだから、戦ってもしょうがないのだけど。
☆
そのあとどうやって授業が始まったかは覚えていない。先生は帰りのホームルームのあと私を職員室に呼び出し、
「優等生だからって、ひいきして許してはいけないと思った。」
と、言った。
ひいきとかじゃなくて、先生が遅刻したんじゃん。先生は最後まで非を認めなかった。
いまだに納得いかないなぁ。私の手紙を破くなら、しゃべってた全員にも何か同等の、口にガムテープを貼るとかするべきだったと思うけど。
☆
悪い先生ではなかったと思う。毎朝生徒の日記を回収し全員にコメントを書いて帰りに返す。学校外で問題を起こす生徒に寄り添う。熱心に部活の指導もしていて、市内でいい成績を残すそれなりに強い部だった。
もしかしたら数分の遅刻も、日記のコメントが終わらなくて頑張ってたのかもね。あの時の先生の歳に近づいて、すごいなと素直に思う。
でも、あの『昼休み』の出来事が忘れられなくて、いい印象ないんだよなぁ。先生って、なんだか悲しい職業だ。