
よくある、愛のお話。
物語みたいな貴方が羨ましかった。
物語みたいな君が羨ましかった。
私が描いていたような不幸を味わっていて。
僕が描いていたような幸せを持っていて。
その不幸に甘えないで、今、生きなきゃって前を向いていて。
その幸せに支えられて崩れそうな君は支えられていて生きてきていて。
私にあなたみたいな強さは無いけど、あなたのような不幸があれば、そのせいに出来たのに、全て。
僕にそんな幸せがあったなら、僕を、君を、もっと愛せたのに。愛してあげられたのに。
こんなに幸せなのに貴方を支えられなくて、いつも支えてもらってばっかりで、ごめんね。
生きるって決めたのに、強くなれなくって、昔のことにかこつけてばっかりで、ごめんね。
きっと、私は恵まれていた。
涙脆くてマイペースで、でも芯のある母親と、家族1番に考えて、私たちを守ってくれる、優しい笑顔の父親と、少しぶっきらぼうだけど大事な時はしっかり心配してくれる私思いの弟と。
私は昔から強いふりをしていた。家族に心配させたくないから。学校では真面目を貫いて、家でも勉強に励んで。いい高校に行って、いい大学に入る予定だった。
でも強いふりって思ったより脆いんだ。強く囲ったはずの私の檻は簡単に誰かの色に染められて、その檻に酷く怯えて。勉強した意味って、なんだっけ、って強く思った。だって家族を心配させたくなかったからいっぱい、いっぱいがんばったのに。あんな少しの時間で、1年っていう歳月だけでぜーんぶ崩れて。最初は理解してくれなかった親も、少したったら何があったか親なりに理解してくれた。
母親は毎日、部屋の前にいつものご飯を置いてくれてたね。すこしの手紙とともに。その手紙は毎回少し母らしく明るくて。「今日はこはの好きなシュークリームも買ってきたよ✌️」なんて、かわいいイラストが書いてあって。毎日、毎日。置いてくれて。毎回、毎回、泣いちゃうんだ。こんな娘でごめんねって。
父親はたまにこっそり私の部屋にノックしてドライブに誘ってくれた。最初は気も乗らなかったけど、何度も断るうちに父の愛を、感じた。1回だけね、って部屋から久しぶりに顔を出したらぶわっと泣いて行こうって笑顔で手まで引っ張って。なに、泣いてんのって感じで。でも、それくらい愛してくれてるのがわかって嬉しくて。
父親と行くドライブはそれからすこしの気晴らしになった。数回行くうちに私の笑顔は増えて、悩みは減って。学校には行かなくてもいいよって、辛かったね、って言ってくれた。その次の日、母が私の部屋に来て私を抱きしめた。泣きながらよく、生きててくれたねって、言って。なんだか、なんだか、、私は、申し訳なくなった。
それからはご飯はリビングで食べれるようになって、さも私が学校に行けてるかのように笑って話をしてくれて。テレビを一緒に見て笑ったり、弟とゲームをしたり。少しの時間を空けてから私は通信制高校へ転入学した。
かれこれ色々あって、学校には行けなかったけど、大学もしっかり行かせてくれて。
大丈夫?って何度も聞いて心配する母に大丈夫だよって笑いながら言って、私は家を出た。一人暮らし。東京。色んなこといっぱい。ぽんと独りにされたけど、お友達もできて、元気には、してるよ。家族にはほんとに感謝しかないよ。ほんとに。だけどね。私、消えてないんだ。あの檻が。辛くて、怖くて、もうあんなの嫌で。早く、死にたいんだ。ごめんね、お父さん、お母さん。こんな出来の娘で。
強く、生きなきゃいけない。僕は、強く、ならなきゃ行けない。そうじゃないと、生きられない。
優は、僕が守らないといけない。
そう思って、生きてきた。
父は、母は、もう、昔むかしの記憶だが、よく喧嘩していたのを覚えている。何を言っているのかは幼心には全くだったが、仲が悪かったことだけは、覚えている。弟はずっと僕の後ろに隠れてビクビク怯えてて。怒鳴る父と母の声がいっぱい響いて、積もった雪みたいなタバコが置かれた灰皿は割れそうで。そうして、幾度も幾度も繰り返して口論し合ううちに物が割れる音がしたり、いつの間にか壁に穴が空いていたり。2人の仲は日に日に悪化していった。僕が小学2年生の冬、母は何も知らない私と弟を呼んでそっと、ぎゅっと力を込めて抱きしめて。扉を開けて行った。弟は何が起こったのかよくわかっていなくて、にーに、ままは?って。僕は唇を噛んでお出かけだよって、伝えた。分かっていた。僕自身が強くならなきゃって、強く思った。
父はずっと寡黙だった。母と言い争っていたのが嘘かのように喋らなくなった。僕たちのことを気にかけているのかどうかすら分からなかった。ただ、たまに買ってくるシュークリームは、ふたつだけだった。
僕が、高校の進路を考え始めると父はしきりに聞いてくるようになった。元々の距離があった僕たちが打ち解け合うことは無かったが僕が行きたい高校には行かせてくれた。他は、奔放主義だったが。
弟も同様、行きたい高校に行けたようでよかった。喜ぶ顔は本当に嬉しかった。子供のように可愛らしかった。
僕の大学の進路が決まった頃、入学祝いに弟がプレゼントをくれた。彼なりに考えてくれた、メガネケースだった。プレゼントにメガネケースって、弟らしいなって思って、少し笑えたけど、それよりもその気持ちが嬉しかった。お返しって程じゃないけど、弟にシュークリームを買おうと思って父がたまに買って帰ってきていた店のシュークリームを買いに行った。僕の顔は父に似ていたようで、もしかして?と店主さんに話しかけられた。その時、初めて父の本音を聞いた。僕らに買わないような時でも1番安いケーキを食べて、話をしに来ていて。今でも、来るようで。シュークリームを買いに来たはずだったのに、父の話に夢中だった。
僕らには妹ができるはずだったこと。母が乳癌だったこと。父と母は僕らに伝えるかどうかで言い争っていたこと。母が伝えない、と決めた時、カモフラージュで壁に無理やり拳で穴を開けて、時折わざと食器を割っていたこと。父と母は私を愛していたこと。そして母は出ていったあとに、亡くなった事。
父には持病があること。
それは肺癌のステージ4だということ。最期までそばに居てあげて欲しいって、こと。
僕は急いで家に帰った。そして父の胸ぐらを掴んだ。僕は、泣いていた。手に持ったシュークリームの箱を見て父は全てを悟ったようで、止めに入った弟も含め僕らに正直に話してくれた。
父の話はあまりに歯切れが悪く、聞くに耐えなかったが、僕たちを愛していることは分かった。
そして4ヶ月後、父は延命治療をした後、逝去した。54歳だった。父が残したのは欠けた愛と、僕たちが生きていけるであろう保険金だった。
弟はそれから、めっきり家に帰らなくなった。
僕は僕を守るために、愛してくれた2人のために、生きるためにした。
大学からの帰り道、僕は、駅のホームで初めて投身自殺を見た。僕より少し若い女の子だった。
少し羨ましく感じた。その時、初めて、希死念慮に気づいた。事故現場の周りには人が居なくなって、何故かホームのアナウンスすら耳にも入らなくて、ただその中で1人ベンチに座って肩をひくつかせている女の子がいた。年は、同じくらいだろうか。
僕はなにかに吸い寄せられるように、彼女にふと、話しかけていた。
「どう、したの?」
彼女は悲しみでいっぱいになったハンカチをぎゅっと握りながら僕に、
「少し、お話聞いてくれませんか、少しでいいので」と、言った。
何故か彼女は僕に逆らえない波のような物を感じさせていて、僕は首を縦に振るしか無かった。
近くのファミレスに入って、かれこれ2時間ほどだろうか。彼女の話を聞いていた。先程起こった人身事故は彼女の友人だったようで、明るい性格の、死ぬ、なんてことには似ても似つかないような子だったらしい。ただ、自販機から飲み物を彼女に渡そうとした時に転んで落ちてしまったのだと。最初の30分は彼女の動悸を抑えるところから始まるほど気が動転していた。僕は、何も出来ない自分を、少し悔やんだ。上京して間もないという彼女はその友人が唯一頼れる人だったという。
「こんな話してからじゃあ、嫌かもしれないですけど、いや、嫌なら大丈夫なんですけど、。今日の分の埋め合わせも含めて、またお話聞いてくれませんか、。」
彼女は間違いなく、死ぬ。このままにしておけば下手すれば帰りの電車で投身自殺するだろう。
「連絡先、交換しよっか。何時でも連絡しておいで。」
僕は彼女に抗えなかった。
それから数回決まり文句のように埋め合わせという言葉を使って彼女と二人で話した。家庭のこと、友人のこと、学校のこと。沢山、話した。
自分のことをここまで話したのは初めてだったと思う。少なくとも僕はそう、だった。
少しでも気を紛らわそう、と飲んだお酒。彼女はとても弱くて、とても、なんだか、可愛らしかった。
「うち、こない?」
頬を赤く染めながら誘ってくる様子は酒のせいかこの心のせいか、気分をえらく動揺させ、そして高揚させた。
何だかもう、何もかも、どうでも良くなっていた。
2人とも、何も悪いことなどないんだからって、手を繋いでいた。
彼女の家に着くと彼女はキスをした。僕の、口に。
それはあまりに純白で甘ったるくて、それでいて凄く不慣れで。彼女らしかった。僕は、きっと、ずっと、彼女が好きだった。
次の日の朝、ベットで目覚めると僕たちは全部吹っ飛ばして同棲しようって決めた。
色んなことを話してよく知ってる2人だから、愛し合えた。支えあえた。
もちろん、恋人らしいことだってしたさ。二人で遊園地デート。あれに乗りたいなんてはしゃぐ君を見てクレープはどうするのって聞くとどっちもって駄々こねて。結局クレープに負けて乗らずに帰ったね。ふふ。
そして、僕らはたまに夜になると、死にたくなる。彼女も僕も。たまに死のうかなんてなる。彼女が幸せであることが僕の幸せなんだから。死んだって構わないじゃないか。
貴方が幸せならそれでいいの。私は、愛を、幸せをあげたいだけなの。どれだけ辛い過去があったか聞いて私、貴方を幸せにしなきゃって思った。したいって。でも、私弱くって。貴方を幸せにするほど強くないんだ。だから、一緒に死んでしまいたいの。
ねえ、もし、2人のいる場所が逆だったら。
会えてないのかな。
秋の風がゆっくりと髪を撫でる。そこらに置いてあるカップラーメンやカラコン、コンタクトレンズのゴミはほっぽり出されたままで。その秋の風と同じように、君を包む。
「明日、死ぬなら、シュークリームを食べようね。」
あとがき
衝動的に書いた作品なので拙い部分も多く、表現が直喩的すぎる部分も多いかと思います。
私の人生の経験を沢山詰めて、書いてみたから、少し主観も混じってるかな。
最後まで分かりませんでしたが2人の名前は「山村心春」と「高峰映」です。
皆さんも自分の希死念慮と相手の希死念慮。たまには見つめてあげてくださいね。分かり合えないことの方が、多いと思いますが。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
敬愛と、感謝と、最大限の幸運がありますよう。