終わりのない廊下「ショートホラー」
田舎のとある家に引っ越してきたのは、都会の喧騒から逃れるためだった。古びた家には長い廊下があり、壁には時折ひび割れが入っているが、それが逆に落ち着く。家の中にあるものは全て無駄な装飾がなく、シンプルでどこか懐かしさを感じさせた。
その家に最初に住んでいたのは、僕の祖父だった。祖父が亡くなった後、その家はしばらく空き家になっていたらしい。それでも、家の中にいるとどこか温かい空気が漂っていて、まるで何かが静かに僕を見守っているような気がした。
ある夜、遅くまで本を読んでいた僕は、ふと足元に視線を感じて顔を上げた。部屋の隅に、見覚えのない小さな扉が現れていた。最初は気のせいだと思ったが、何度目をこらしてもそこに扉はあった。
興味をそそられた僕はその扉を開けることにした。扉を開けると、そこにはまっすぐな廊下が延びており、薄暗い光がぼんやりと差し込んでいた。廊下の先には、何もないただの壁があるだけだった。だが、目を凝らすと、少しずつ壁が動いているのがわかる。まるで、時間がゆっくりと流れていくような不思議な感覚に囚われた。
「こんなところに廊下があったのか…」
僕は少し歩みを進めた。廊下はどんどん長くなり、進んでも進んでも先に行き着かない。暗い空気が重くのしかかり、何度も振り返ったが、扉は完全に消えていた。焦燥感が胸を締め付け、歩き続けるうちに、不安が膨らんでいった。
その時、耳に誰かの足音が聞こえた。背後から、ゆっくりと歩いてくる音だ。僕は振り返ろうとしたが、動けない。体が硬直し、目の前がだんだんと歪んでいく。
足音がさらに近づいてきたその瞬間、突然、目の前の壁が消えた。そして、その向こうに見えたのは、僕が最初にいた部屋の風景だった。そこには、僕が知っている家の様子が戻ってきていた。しかし、何かが違った。
床に転がる祖父の時計が、音もなく止まっている。壁には薄く、そして無意味な文字が書かれている。それは祖父のものではなかった。僕は目を見開いて、ようやく気づいた。部屋の中には、僕一人しかいないはずだった。しかし、どこからともなく、低く響く囁き声が聞こえてきた。
その声は、僕の名前を呼んでいた。
「お前を待っている。」
恐怖で身体が震え、さらに視界がぼやけていく。あの廊下は、終わることがない。進んでも、戻っても、何度でも繰り返されるのだと、ようやく理解した。