見えざるもの③
コラム「冒頭から暴投」で2024年7月から連載中の物語です。
最新話のみを読まれた方が「意味わかんねー」とならないように、バックナンバーを読めるようにしようかと・・・。
ちなみに・・・
この物語はフォクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
それではどうぞ^^
「海老塚さん、お久しぶりです」
歩き疲れて、カフェでひと休みしていると、マスクとサングラスをかけた女性が私に声をかけてきた。
「あ、サングラス…誰かわからないですよね?私…み」
「三浦さんですよね?声でわかります」
「え?あ?本当ですか?さすがです。三浦、ちょっと嬉しいです。ご一緒して良いですか?」
以前、数ヶ月だけ一緒に仕事をした事がある彼女は、一人称を「三浦」という癖があった。彼女の声と話し方で、当時の記憶が蘇る。
「どーぞ」と私は向かいの席を指した。
「その節は、その…ご迷惑をおかけしました」
「大丈夫です、三浦は気にしてません。あれからどうされてますか?みなさんお元気ですか?世の中大変な事になってしまっていますが…」
「ええ、みんな元気よ。ただライブをするのにも色々と面倒が増えて嫌になっちゃう」
「ですよね…お察しいたします」
霊の憑依が健在化した世の中。世間では「憑依禍」と呼んでいるらしいけど、ホント面倒。
私たちは、今、中古のワンボックスで、全国のライブハウスを回って地道にライブ活動をしている。ライブ前にはIBT検査をしなくちゃいけないし、ステージに上がる際はサングラスの着用を義務付けられる。大きな箱になればなるほどその傾向は強い。
観客も、サングラスをかけての入場が原則だ。
「ええ、まぁ、それでもなんとかやってるけどね」
「やっぱり業界全体がそういう方向になっていますからね。実は三浦もこの憑依禍で色々あって会社を辞めたんです」
「そーぉなの?」
彼女は、中堅の音楽事務所でアーティストのマネジメントを生業とする20代の女性だった。2ヶ月前に自分が担当するアーティストがIBT検査で陽性となり、活動休止に追い込まれたらしい。
彼女の話によると、IBT検査云々は表向きの話で、本当は「予防憑依」を義務付ける事務所側と、それに懐疑的な考えを持つアーティスト側が、真っ向から対立し、事務所自体を辞めてしまったらしい。
「予防憑依」とは、厚生労働省が憑依を防ぐための唯一の方法として推奨する対処法だった。
無害化された人工霊が宿った水晶玉「アニミズム水晶(略称:アニ玉)」を使って、人工霊を人に憑依させる…それが「予防憑依」だった。
予防憑依は、「元々守護霊が憑依している人間には、新たな霊が憑依する事は無い」という研究結果から着想を得て開発された手法で、国は既に某国のアニ玉の製造元である「Crystal Ball社」から2年で8.8億個の購入を契約したとも言われていた。
「結局、三浦も彼らと同じ考えだったんです」
彼女は続けた。
「それで、彼等と一緒に事務所を辞めたんです。海老塚さん達が事務所を退所した時、実は私も辞めようかとても迷ったんです。でもできなかった。そしてすごく後悔したんです。もうあんな後悔はしたくなかった…」
「うーん…三浦さん…あなた間違ってるわよ! でも、そんな三浦さんだから、あの時一緒に仕事したいって思ったの