自分を見つめる⑨
売茶翁というひとのことを聞いたことがありますか?
それは今では当たり前になった急須でお茶をいれる煎茶の文化を日本に根づかせた人だと言われている茶人のこと。江戸時代のひと。
今日はだいぶ自分の解釈が入っていると思うけれど、この売茶翁にずいぶん自分が影響を受けたお話。これも今回の遍路につながっている。
お茶といえば千利休だと思う。これぞまさに茶人。そして茶の道、茶道をつくった人。彼は茶人なのに、えらい身分のひととも対等にふるまい茶を点てた。茶室に入るときはサムライでも刀を置いてしか入れなかった。おぉーすげー。ぐらいは知っている。千利休はまさにその道を作ってきた人だと思う。だから今でもその道はきちんと地に根をはって残っている。
それに対して売茶翁は茶人だったのだけれど、彼は道を作らなかったのだ。いまでいえばフリースタイルを生涯つらぬいた人。だからあんまり今では知られていない。けれど当時の京都では大きな影響力を残した人だという。
彼を知るきっかけとなったのは、友人からのメッセージだった。
「ノリちゃん!この人がやってたこともフリーコーヒーみたいだよ!売茶翁って言うんだって!」といって彼のことを書いた本の写真を送ってくれた。すぐにAmazonで調べたんだけれどこれが高いの!もう絶版になっているからだと思うけれどすげー高くてこりゃ無理だと諦めてしまっていた。
ちなみに今思い出してチラッとAmazonを見てみたら中古が36000円で売っている。こりゃ普通では読めないがな。僕もこの本は読んだことがなくていつか読みたい。
さて話を戻そう。
この売茶翁さん、実は禅のお寺にずっとお坊さんとしていて、佐賀県で生きていた。お母さんの世話をしながらずっといて、彼が50歳のときに亡くなって、彼は寺をほかのお坊さんに継いでもらい佐賀を離れた。
そこから彼は10年以上にもわたって、日本を歩きながら各地で煎茶を人々に振る舞ったのだ。お代はあってもなくてもいいですよ、というフリースタイルで。あるときはきれいな水が湧き出るところ。あるときは景色がきれいなところ、そのときどきに自分の茶道具を広げて茶を振る舞いながら生きていた。
そして60歳を過ぎて京都に茶庵を構えて、日々あちこちにで歩いては煎茶を振る舞っていた。そのあまりに自由で、なにものにもとらわれず、そして美しい彼の煎茶を振る舞う姿が当時の京都のひとに「めちゃんこかっこいいやんけー!」と評判になり、彼にならって煎茶をいれはじめる人がたくさん生まれ煎茶という文化が根付いたと言われる。
彼は生涯自分のやっていることを残すことに執着がなかった。彼の残しているものは煎茶を振る舞いながら書いた俳句が残っているくらいで、彼の煎茶の流儀を書いたようなものは全然残っていない。そして彼の生活はいつも質素だった。
80歳になって、煎茶を振る舞い歩くことをやめるときに、彼は自分がずっとともにしてきた茶道具を焼いてしまう。それは「こんなもの残してしまったら、あとからどんな尾ひれがついて語られたり、まつりあげられたりするだろうから焼いてしまおう」ということだったらしい。
おいおい、どんだけかっこええんかいな。どんなときでも彼は「いま」を生きていた。そして自分というものを世に残すことには興味がなかった。あのすげー像をはじめとする動物たちの屏風絵を描いた伊藤若冲さんも、売茶翁と親交があった人で、生前の売茶翁さんの絵を描いているんだけれど、そこにはでろーんとした着物を着流して、髭が生えて、そして頭もツルっとしていて、肩に荷棒とともに籠をかついだ爺さんがいた。
すげーなもう。格好にもとらわれない。
けれどあとから残ったものから僕が、僕らがこう感じていただけで彼の世界にはすげーものが詰まっていただろう。そして彼の身に付けるもの、持ち物、一挙一動には必ず意味があったに違いない。
そのことはなんとなく僕にも分かる。
一杯のコーヒーに価値を置くのではなく、目の前のひとがコーヒーをとおして体験するものに価値を置く。物語をつくる。そのためにはそこに関わる自分やモノにも意味がないといけない。
これは僕がコーヒーを続けてきて思ったこと。
高価なものという意味ではなく、意味があるもの、自分にとっての必然性があるもの。しかしそれを相手に分からせるものではなく、ただ問われたときに確かなものであること。
それは間違いなく売茶翁さんもそうだったのだと思う。
価値とはモノではない。価値とはそこに生まれる世界なのだ。コーヒーを味わうことで、その所作を見つめることで生まれる世界。
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自分が自分でいられること。
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