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【願いを込めてコーヒーを落とすこと】
6日間ソウルでフリーコーヒーをした。
はじめのソワソワを今も思い出す。週末で小さなマルシェと路上LIVEをやっている公園のその片隅で自転車を停めた。すでにベンチには何人もの人が座っていて、目の端のほうに僕のことをとらえているのが感覚で分かる。けれどこれをするために来たのだ。そう言い聞かせて店開きをした。
はじめに来てくれたのがyoutubeで僕のことを紹介してくれたJJとSAMだった。彼女はアメリカ人なので、きっとこういうのに慣れているんだろうな。けれどとにかく初めてコーヒーを淹れることができる。ミルをまわしながら、どうしてこんなことをしているのかという質問を受けてそれに答えていたら次つぎと人が集まってきた。韓国語しか話せない親子のお母さんにJJがコンセプトを説明すると彼女は旦那さんをおっきな声で呼びよせた。つぎつぎとコーヒーを淹れながら気づけばいつもの自分に戻っていた。
コーヒーを落とすときには、手元に集中する。最初に粉にお湯を落とし蒸らしながら少しだけ来てくれた人と会話をしたりする。ふたたびお湯を落とすところからはもうその1点に気持ちを注ぐ。そうするとグッとまわりの空間が縮まっているように感じるのだ。人がいないときにはそれは感じないので、きっとまわりの人がその空気を作っているのだろうと思う。
落とし終わったコーヒーを焼き物の器に注ぎ、手で渡す。そこまでが僕のしごと。あとのことは気にしない。美味しいと言ってもらえたら、とっても嬉しい。何も言われないまま器を置いて去っていく人がいても気にしない。僕はあくまでコーヒーを渡すところまでだ。
3日目からはサインボードを出した。TABIYAゲストハウスのみゆきさんが韓国語で書いてくれた。国と国とでは難しいこともあるけれど、人と人は繋がることができると信じています。よろしかったらあったかいコーヒーをどうぞ。と書かれたサインボードを読んでたくさんの方がコーヒーを飲んでくださった。コーヒーを飲まなくても、「ありがとう!」「さいこー!」なんて言葉を英語でかけてくれる人たちもたくさんいた。
1杯のコーヒーがこれほどまでに人の輪を生むなんて。正直に自分が思っていた以上の現実が目の前にあった。昨年からはじめたフリーコーヒーは、いまここのために生まれたんじゃないかと思うような光景が広がっていた。それでも僕がやっていることは、ほんの小さなことなのだ。けれどそのコーヒーにおまじないのように僕は願いを込める。そのコーヒーが目の前のひとたちに心地のよい空間をつくってくれたらいいなと。
ほんとはずっと帰るまでソウルにいてもいいなと思ってた。けれどこの思いをまた持って帰りたいと思い、最後まで自転車で走って釜山に戻り、日本へのフェリーに乗ることにした。
あと3日。次にこの地に戻ることをイメージしながらペダルを踏もう。
僕には伝えたい思いがある。けれども僕は言葉を放つのではなく、コーヒーを淹れる。コーヒーには色がない。色がないコーヒーだから余白が生まれる。その余白には、まっすぐに伝える言葉よりも大きな可能性だって入るかもしれない。
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自分が自分でいられること。
旅の日々で自分の心に浮かぶ思いや気づきを読み物として。僕の旅の生き方のなかで、読んでくださる方々の心に心地よい余白が生まれればいいなという…
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