【抜粋】 日本のリベラル、護憲派は「武力行使反対」を唱えるだけでなく、和平の道を提示せよ by 孫崎享
「武力行使反対」を唱えるだけでなく、和平の道を提示せよ
私は今、日本は極めて危険な所に来ていると思う。もはや、「正当な民主主義国家」に位置しないのでないかとすら思う。
「正当な民主主義国家」であるためには、言論の自由が不可欠である。しかし、日本は言論の自由のある国ではなくなった。
「国境なき記者団」が毎年、世界の報道の自由度のランキングを発表している。2022年、日本は71位である。
(中略)
なぜこんなことになっているのか。権力の圧力を、日本では、「忖度(そんたく)」という格好いい言葉で表現されているが、権力に対抗する発言を主要報道機関ができなくなっているという状況による。
確かに日本では、言論人が殺されるという事態は少ない。しかし、彼らの発言が一般の人に届かぬように、次々と手段を打ってくる。
いつから言論人の排斥が起こったのか。それは小泉政権(2001年4月26日―2006年9月)であろうが、2003年、安倍晋三氏が自民党幹事長になってからではないか。
(中略)
そうして、政府批判をする識者は次々と言論界から消えていった。
(中略)
政府・自民党は、反対の見解を持つ者を自らが排斥しただけではなく、世論工作でこうした人々への憎悪を掻(か)き立てる支援をした。その氷山の一角が次の報道に表れている。
「一般市民を装って野党やメディアを誹謗(ひぼう)中傷するツイッターの匿名アカウント〝Dappi(だっぴ)〟発信元企業が、自民党東京都支部連合会(自民党都連)から昨年も業務を受けていたことが、17日、東京都選挙管理委員会が公表した2022年分の政治資金収支報告書でわかりました」
〝Dappi〟のようなサイトで憎悪を掻(か)き立てられた者が、最後には殺人まで犯すのは十分予測されたことである。
こうして言論人が次々姿を消す中、政府を厳しく非難する副島隆彦氏が生き残っているのは凄(すご)いことだ。それは確固とした副島ファンを確立したことにある。その力量には、自らの力不足を痛感するにつれ敬服するばかりである。
そうした中、せっかくの場所の提供をいただいたので、私が今、発言したいことを次に記す。
日本は今、国会では9条を主体に、憲法改正に賛成する勢力が3分の2を占めている。防衛費の増大を当然のことのように議論している。
他方において、公的年金の実質的目減りを当然のようにしている。安保三文書、「国家安全保障戦略(NSS)」「防衛計画の大綱(大綱、「国家防衛戦略」と名称変更)」「中期防衛力整備計画(中期防、「防衛力整備計画」と名称変更)」が成立しようとしている。明らかに戦争をする国に向かって動いている。
なぜこうなったのか。
申し訳ないが、私はリベラル勢力、護憲グループの怠慢によると思う。
平和的姿勢を貫くには、① 武力行使に反対と、② 対立があれば「平和的」手段を貫くという政策の両輪が必要である。平和的な帰結が行われるためには、常に当事者双方の妥協が必要である。
妥協が成立するためには、過去の経緯、双方の主張、妥協点の模索(もさく)をなさねばならない。前者だけで後者がないとすると、どうなるか。
ウクライナ問題を見てみよう。
(中略)
2022年2月28日、英国ガーディアン紙は「多くがNATO拡大は戦争になると警告した。それが無視された」という標題で、「ロシアのウクライナ攻撃は侵略行為であり、最近の展開でプーチンは主たる責任を負う。だがNATOのロシアに対する傲慢(ごうまん)で聞く耳持たぬとの対ロシア政策は同等の責任を負う」と述べた。
日本が平和国家なら、当然、和平をまず考えるべきである。日本のどの政党が、どの政治家が和平案を提示したか。
世界を見れば、トルコ、イスラエル、インド、インドネシア、中国は和平を、ロシア、ウクライナの両国に呼び掛けた。米国統合参謀本部議長ですら、「和平で解決する時になっている」と主張している。なぜ日本は、それができないのか。
(中略)
繰り返すが、今日の政治混乱の一端は、日本のリベラル勢力、護憲勢力の怠慢による。
「武力行使反対」を唱えるだけでなく、和平の道を提示しなければならないのだ。
2023年1月
孫崎 享
*以上のタイムリーな論考は、2023年1月28日に発売となる副島隆彦・孫崎享著『世界が破壊される前に日本に何ができるか』(徳間書店)あとがきからの抜粋だ。日本の中枢には、米ネオコンの傀儡となった岸田政権に拮抗するリベラル、護憲派が不在であり、このまま米ネオコンの企む対中戦争へと日本は引き摺られていく可能性が高くなっている。さてわれわれ庶民はこの状況に対してどう立ち居振る舞うべきなのだろうか? earthbound
さらに濃厚なソースが欲しい方は以下をお読みください。😂
以上