「稼げない宿屋モデルを変えたい」昭和の観光バブルを仕組みで殴る - 吉原ゴウ×徳谷柿次郎 対談
長野県信濃町に4月1日、サウナ付きのトレーラーハウスEarthboatを10台設置した集落Earthboat Village Kurohimeがオープンする。
手がけるのは、サウナ好きに愛される人気のゲストハウスLAMP野尻湖を立ち上げた起業家の吉原ゴウ。
信濃町でアウトドアスクールを経営する家庭で生まれ育った吉原は、東京でIT企業LIGを立ち上げ、その経営をしながら同町にUターン移住。同社の代表を退任後、2022年に株式会社アースボートを創業し、田舎の自然の魅力やアウトドア体験をコアとするローカルビジネスを展開している。
当記事では「Earthboatは人生の集大成」と語る吉原の思考と実践の「今」を伝えていく。
聞き手は、信濃町在住の移住者であり、全国47都道府県のローカルを編集する株式会社Huuuu代表の徳谷柿次郎。LIG時代のオウンドメディア黎明期に東京で出会い、移住後の現在も公私にわたって交流を続けている盟友だ。
大海原に漕ぎ出したEarthboatは今どこにいるのか。そして、これからどこに向かうのか。ふたりの対話から、その現在地と未来に光を当てたい。
稼げる「スケール」を広げていく
柿次郎:4月から本格始動するゴウくんの事業について、今日はあれこれと話を聞きます。まず、Earthboatとは何なの?
吉原:「地球を肌で感じる」というのがコンセプトになってるサウナ付きのトレーラーハウスだね。快適に「外」で過ごしてもらうためのツールとして開発した。俺がかっこいいと思える宿でもある。
柿次郎:アウトドア好きのゴウくんらしいコンセプトだ。
吉原:シンプルに外で過ごして、火を炊いて、ぼーっとしたりして過ごしてほしい。寒くなったらサウナ入ったりしてね。室内にはきれいなキッチンとトイレ、シャワーもある。ベッドはゆったりとクイーンサイズ。3人まで宿泊可能で、犬猫も泊まれるよ。
柿次郎:ペットも泊まれるんだ。いいね! 現地に受付はあるの?
吉原:ない。wifi完備のセルフチェックインアウト式。必要なものは全部そろってるから身ひとつで来てもらえれば十分快適に過ごせるよ。
柿次郎:人と会わずに過ごせるのいいよなぁ。建築デザインも洗練されてるよね。
吉原:大切な人に「一緒に泊まりに行こうぜ!」って誘える宿にしたいから、快適性とデザインにはこだわってる。建築について語ると長くなるから今日はやめておくけど、「ハレとケ」で言ったら「ハレ」の日のための宿。それを広げたいんだ。
柿次郎:広げたい?
吉原:うん。Earthboat Village Kurohimeはそのスタート。これからどんどん、有効利用されていない「遊び」のポテンシャルを持ったいい土地にEarthboatを設置していきたいと思ってる。
柿次郎:いい土地って言うと。
吉原:絶景、水辺、隔離されてる場所。そのどれかひとつでもあればいい。そういう場所って、空き家・土地問題の解決が社会課題になってる今、全国にたくさんあるよね。それをその地域に住んでる事業者さんたちと連携しながら運用していく。
柿次郎:ほおほお、直営ではない。
吉原:そうだね。アパホテルみたいなビジネスモデルはイメージしてない。いい土地があるけどうまく活用できてない人たちに、Earthboatという稼げるプロダクトを提供して、運用してもらうスケールの展開を考えてる。
柿次郎:大きなビジョンを描いてるんだ。
吉原:Earthbortを使って、みんなとコラボしながら全国規模で地元を盛り上げていくということをやりたい。もうすでに北軽井沢や白馬、群馬水上、神奈川山北町でプロジェクトを進めてる。小さなローカルに特化したビジネスで終わらせないというのが、今回のチャレンジだね。
柿次郎:社会課題の解決とビジネスを結びつけているところに、ゴウくんの進化を感じるね。ノリと勢いで始めて、飽き性でやめる…みたいな印象だったけど、もしかして急激に賢くなった?(笑)
吉原:それはわからない(笑)。けど、ファイナンスの部分はまじめにやってる。資金調達とかゴリゴリやってるし。
柿次郎:すごいよなぁ。
吉原:ビジネスだから、そこはね。その一方で、自分が納得できるいいものをつくって親しい人たちと純粋に楽しめれば満足、という自分もいる。どっちも自分なんだけど、不思議だよね。
Earthbortが持つ「拡張」の可能性
柿次郎:ゴウくんって、LIGで社長やってたときはお金まわりのことどうしてた?
吉原:やってたよ。でも、ほんとは全然興味なかった。俺の役割はおもしろいことをやり続けることだって思ってたから。
柿次郎:そうだよね。
吉原:LIGから離れたのは、事業として別におもしろさだけに特化しなくていいよねって方向になったから。そうなると、もう俺のやることがなくなっていく。経営者としてバリューがあまりだせないなら事業継承した方が良いなと思って。企業が成熟していくってそういうことなんだろうね。
柿次郎:でも、今はまたEarthboatで苦手なお金回りをやることになったね。
吉原:ちゃんとお金を稼げていれば、いずれわけのわからない建築とか、おもしろいこともできるなって思うから。やっぱりやりたい事を実現するためにはしっかりお金が回る仕組みも考えないといけない。だから、それも含めて楽しみながらがんばってる。
柿次郎:うん、経営者だしね。
吉原:あと、なんで数字を大切にしてるかっていうと、この事業が各地にいる事業者さんとのコラボを目指してるから。何度も言うけれど、運営主体となる人たちがちゃんと稼げるモデルにしたいんだ。
柿次郎:どうしてそう思うようになったの?
吉原:今に始まったことじゃないんだけど、宿屋が稼げないっていうのを変えたかった。俺は実家がアウトドアスクールと宿をやってて、お金で苦労してたのをずっと見てたから。彼らは早朝から夜遅くまで仕事をしていたけど、繁忙期と閑散期の差が激しくて、トータルでみるとぜんぜん稼げてなくて。
柿次郎:ゴウくんの両親がやってた野尻湖にあるサンデープラニングのことだね。
吉原:そうそう。設備投資はできない。人件費も出せない。自分たちが歯を食いしばってがんばるしかない。そういう状況がずっと続いてた。ほんとにしんどそうで、なんとかしたいとずっと思ってた。
柿次郎:ゴウくんはそれを引き継いでLAMPをつくったんだよね。
長野県信濃町の野尻湖畔にあるゲストハウスLAMP。2014年に前身のアウトドアスクールと宿を改装しオープンした。薪を使ったフィンランド式のThe Saunaが日本のサウナブームの火付け役となり、四季を問わず全国から人が訪れる人気の宿になった。
吉原:これはもう、俺だけじゃなくて、みんながほんとうにがんばって稼げるようになった。ビジネスとしてはうまくいってると思う。
柿次郎:豊後大野や壱岐にまで進出したよね。
吉原:うん。でも、それ以上は広がってないよね。というか広げられない。理由は単純で、ビジネスモデルとしてキツいから。まずLAMPと同じことをやるには相当のマンパワーが必要。設備投資の費用も大きい。
柿次郎:そうだろうね。これからやるには強い心がいると思う。
吉原:The Saunaなどのコンテンツを含むLAMPは、圧倒的なオリジナリティと、人を主体としたサービスが魅力だと思っていて。でもだからこそ、横展開して広げていくことがとても難しい。
柿次郎:どういうかたちだったら「広がる」んだろう?
吉原:それを考えたときにひとつヒントになったのが、LAMPとは別に個人で始めたAnoieという民泊。野尻湖の絶景を楽しむ貸切サウナ付きの一軒家なんだけど、これが、めちゃくちゃニーズがあることが分かった。
柿次郎:これってゴウくんが自分で住みながら遊ぶために建てた家だよね。何度か遊びに行ったけれど、自分の理想を詰め込んだ空間に宿泊施設としての高付加価値がついたの理想的かもなぁ。
吉原:そう。それを一般向けに貸し出してるんだけど、一泊5〜10万で予約がバンバン埋まっていく。一部屋あたりの収益性でいえばかなり高いよね。
柿次郎:ずるい!
吉原:なんだよ、ずるいって(笑)。無人チェックインアウトだし、日々のオペレーションは清掃くらい。運営コストがほとんどかからない。清掃スタッフしかいないので、マネージメントコストも低く抑えられている。
柿次郎:へー。経営者としてはいいことづくめだ。
吉原:一方、LAMPは圧倒的なオリジナリティとマンパワーのサービスを提供することで人気になっている。あれは簡単に真似できないよね。だけどその対局ともいえる無人運営のAnoieが、圧倒的なパフォーマンスを出すのも示唆に富んでいて。Earthboatというサービスがどういう仕組みだったら広がるかを考えた時に、無人運営型の方が広がるよなと。
柿次郎:じゃあトレーラーにしたのは?
吉原:「軽さ」に魅力を感じたから。積極的に動かしたいわけじゃないけど、いざというときに動かせるっていうのがいいなと。基礎工事を必要としないから土地にダメージを与えないし、中古として再利用することもできる。これはけっこう大事なコンセプトのひとつになってる。
柿次郎:環境配慮としてもいま必要な視点だ。そう聞くとEarthbortの拡張性にリアリティが出てくるね。
吉原:さらにそこにサウナを付けてるのが強みだと思ってる。これはLAMPでの経験でわかったことだけど、サウナがあれば、季節を問わずお客さんが楽しめるんだよね。
柿次郎:確かにThe Saunaの回りは一年中裸でみんな外をうろうろしてて楽しい。
吉原:Earthbortは積極的に「外」を楽しむツールだから、体を温める装置が欲しくて。そうなるとやっぱりサウナだよなって。それにはノウハウもあるから、Earthbortでも自信を持って提供できるよ。
すべての歴史は「今」につながっている
柿次郎:そういういろんなアイデアって自分のなかで発明したような感覚なの?
吉原:発明というより、いろいろやっていくなかで、自然とそうなったという感じだよね。
柿次郎:人生のわき道に逸れ続けたら、結果好きな道を走っていたと。
吉原:全国のローカルプレイヤーと一緒にやっていきたい。それにはどうすればいいんだろう、どうやったら広がっていけるだろうってことを一つひとつ考えていったところに、現時点でのEarthbortがあると思う。
柿次郎:僕はゴウくんの歴史を見ていたから思うけど、ゴウくんらしい必然性のあるストーリーだなって。
吉原:そうかもね。
柿次郎:都市部でのチャレンジ、田舎でのチャレンジ、その両軸をずっと行き来しながらがむしゃらにやってきて、そこで見てきたものや体験してきたことの全部が今に集約されている。だから事業としても信頼できるなって。
吉原:ありがとう。俺はそれこそIT企業時代にゴリゴリの資本主義のなかでやってきて、お金はどこから流れてきて、どう活用するともっとお金を生むのかってことを、自分なりに肌で感じ取ってきたんだよね。
柿次郎:そうだよね。苦労もあったと思う。
吉原:20〜30代は趣味の延長でIT分野に興味を持っていたけれど、40代を迎えて段々と生まれ育った信濃町のアウトドアカルチャーや田舎暮らしに関心が移っていったんだよね。東京の経験を経たからこその現在かもね。
柿次郎:おれも東京でのIT企業勤務からのジモコロ編集長、長野移住、会社設立、信濃町の山奥暮らしっていう流れはすべてつながってる。実践しながら気付いていったこともたくさんある。それをひとことで説明するのってむずかしいけど、少しずつでも言語化して、人に伝えていくことって大事だと思ってる。
吉原:おたがい、うまくいったこともそうでなかったこともたくさんあるよね。でもそれでいいと思うんだよ。新しいことをやるときに、これまでの経験ってかならず生かされていくから。Earthbortはその集大成。これからどんどんおもしろくしていきたい。
柿次郎:楽しみだ。
吉原:信濃町はこれから雪が溶けて気持ちのいい季節になる。Earthbortに泊まって、サウナに入って、ただ何もしないでぼーっとする時間を過ごしてもらえたらいいなって思います。