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その「速さ」には理由がある。人口7000人の町から急拡大するEarthboatのローカルスタートアップ論

株式会社アースボート代表・吉原ゴウの思考と実践の今をお伝えする当企画。今回のテーマはローカルスタートアップ。これは革新的なアイデアや技術をもとに、特定の地域で新たに立ち上がる企業やプロジェクトを指す新語。アメリカのテクノロジー文脈から生まれた言葉の派生系で、地元のニーズや特性に応じた持続可能なビジネスの構築を目指すのが特徴です。

今回このキーワードと対比するのが、地元の飲食店や小売店、宿泊施設など比較的小規模な事業体で地域に根ざした活動を行うローカルビジネス。似ている言葉ですが、吉原はEarthboatはあくまでもローカルスタートアップで、一般的なローカルビジネスとは事業の「スピード感」が異なると区別します。

吉原のローカルスタートアップ論を掘り下げるのは今回も株式会社Huuuu/パカーンの徳谷柿次郎さん。インタビューは今年10月飯綱町にオープンした柿次郎さんの新拠点パカーンコーヒースタンドで行いました。

吉原ゴウ/1982年長野県生まれ。2007年-2022年まで株式会社LIGを経営し、IT産業に従事。株式会社LAMP取締役。2022年株式会社アースボートを創業し、代表取締役に就任。アウトドアスクールを経営する家庭で生まれ育つ。長く東京でIT業界に身を置いていたが、田舎の自然の魅力や、アウトドア体験をコアとしたビジネスをするために長野県信濃町にUターン。

聞き手:徳谷柿次郎/1982年大阪生まれ、長野県信濃町在住。株式会社Huuuu代表取締役。全国47都道府県を行脚しながら、あらゆるものを編集する。主な仕事に『ジモコロ』『Yahoo! JAPAN SDG’s』『SuuHaa』『OYAKI FARM』『DEATH.』など。40歳の節目で『風旅出版』を立ち上げ、自著『おまえの俺をおしえてくれ』を刊行。長野市で『MADO / 窓』『スナック夜風』を営んでいる。2024年10月、飯綱町に『パカーンコーヒースタンド』をオープン。

スタートアップは「速い」

柿次郎:今日はEarthboat Village Kurohimeから車で10分程の場所、長野県飯綱町に最近作ったお店「パカーンコーヒスタンド」からお届けします。

今回一緒に考えるのは「ローカルスタートアップ」という言葉です。前回は「Nature Escape(ネイチャーエスケープ)」という新語について話したんだけど、その延長になるのかなと。それだけEarthboatの取り組みが斬新でもあるってことよね。

ゴウ:そうだね。最近意識的に使っている言葉ではあるんだけど、まだあんまり言ってる人がいない気がするからこの機会に言語化していけたらなと。

柿次郎:了解。スタートアップってざっくりと新興企業を指す言葉としての認識なんだよね。以前はベンチャーという言葉もあったと思うんだけど、違いってあるのかな?

ゴウ:あんまりない気がするな。そもそもベンチャーって2000年代にアメリカのテクノロジー産業が急速に拡大していくなかで広まった言葉で。俺が東京でIT企業を立ち上げた頃はまさにこのベンチャーという言葉が流行っていたんだけど、それが最近はスタートアップに置き換わってきている印象かな。

柿次郎:なるほど。ゴウ君のなかでのスタートアップの定義があれば聞いてみたいな。

ゴウ:俺の理解では、”急拡大を目指す”っていうのがひとつある。自己資金だけに頼らず、投資家から資金を調達して、レバレッジをかけながら組織を大きくする。そしてサービスを急速に普及させることを目指すっていう。

柿次郎:急拡大! 確かにEarthboatは事業展開のスピードがかなり早い印象がある。創業2年で長野県広域でもう4拠点でしょ。来年は関東圏への進出も予定しているし。

ゴウ:どんどん合理化が進んでいる世の中でもあるし、俺は時間をかけずに強く成長していく企業もあっていいという考え。ローカルスタートアップっていうのは、こういうビジネスのスピード感を田舎で実践する企業ということでいいんじゃないかな。

柿次郎:田舎の持つスローなイメージとは反対だ。なかなかできることじゃないと思うんだけど、そういう企業って最近増えているのかな?

ゴウ:うーん、どうなんだろう。詳しくはないけど、ある程度の人口規模を持つ地方都市を拠点にスタートアップ的にビジネスを展開する企業を指して言うことはあるのかも。でもEarthboatのように過疎地域の指定を受けた町の山奥から急成長・急拡大を目指す企業ってまだほとんどないんじゃない?

※長野県信濃町は令和2年時点で総人口7,739人(画像引用:信濃町役場の資料より)

柿次郎:確かに聞いたことないなぁ。地方都市からグローバルな大企業に成長した事例で言うと、北九州のTOTOや富山のYKKは有名だけど、そうは言ってもそこまでの田舎町じゃないし、長い年月をかけて大きくなった企業でもある。ちなみに信濃町の人口は現在約7700人で、2040年頃には5000人台にまで減少することが予想されてます。

ゴウ:そういう町から全国を目指すぞーっていうのは普通に考えたら難しいことだよね。まず人がいないんだから、どうやって人を集めるのかっていうのがあるし、注目を集められたとしてもそこで働いてくれる人がいなければ回せないわけで。

柿次郎:前回話題になったNature Escapeというコンセプトも含めて、Earthboatは人が少ない僻地を拠点とすることが価値になってるよね。雇用もうまくいっていると聞いてるし、特殊な成功事例だと思う。

ゴウ:自分で言うのもなんだけど、かなり先鋭的なローカルスタートアップを体現してるんじゃないかな。年月をかけて一つひとつ積み重ねていくことも大事だとは思うしその尊さも分かってるつもりだけど、俺はもう2回目の起業だし、今回は短いスパンで多少ストレッチをしてでも早く市場を取りに行きたいんだよね。

Earthboatは「強くてニューゲーム」

柿次郎:要は20年30年かけて大きくしていくとかではなくて、短期決戦で考えてるってことよね。

ゴウ:俺の中でローカルスタートアップと対比されるのは、まさに今柿次郎がこの店でやっているようなローカルビジネスだよね。地域に根ざしてコツコツとやって、その地域の一番を目指す。時間をかけて地域に愛されるようになって、地域の中で必要な存在として認められていく。それはやり方次第で十分に成り立つこと。他の地域に出る必要もないし、急速に広げる必要もないというマインド。

柿次郎:積極的に地域と人に依存するやり方だよね。時間をかけることで生まれる強さもあると思ってるけど。

ゴウ:それはあると思う。俺が以前経営していたLAMPのビジネスモデルもそう。以前のインタビューにも出てくれたマメが今は経営を引き継いでくれているけれど、LAMPのビジネスはまさにローカルビジネスのお手本と言ってもいいと思う。でもあのモデルは土地に定着して地道に積み上げていくことでどんどん価値が高まっていくものだから、それを日本中に広げるというのは現実的に難しい。

柿次郎:Earthboatとはそもそもの設計思想が違うということだよね?

ゴウ:そう。成り立ちが違えば当然アプローチも違うんだよね。IT系のスタートアップはみんなそうだけど、最初から急拡大を前提とした動きをする。コンセプトをつくって、商品をつくって、それがPMF(*)して市場に受け入れられることがある程度分かった段階で、資金調達して、資金投入して、人材を入れて一気に拡大をしていく。
(*)PMF……「Product Market Fit」の頭文字を取ったマーケティング用語。製品(サービスや商品)が特定の市場において適合している状態を指す。

柿次郎:これは個人的な興味もあるけれど、資金調達というのはどう進めていくの? 事業者としてある程度の信頼がないと投資家は投資をしてくれないもの?

ゴウ:信頼というより、期待値の問題だと思う。投資家は投資対象の企業が急成長する見込みがないと、投資に対するリターンが得られないから、例えば1千万円投資してそれが10倍の1億円になるまでの期間が20年かかります、だと投資はしづらい。それが5年とかの短期間で実現する可能性があるかどうか、というのは見られるところだと思う。

柿次郎:となると投資を受けるために大事になってくるのは、画期的なアイデアなんだろうか。

ゴウ:アイデアはもちろん必要だけど、それを現実的にどう広げていこうとするのかというビジョンが絶対に必要だと思う。

柿次郎:ビジョンか。ふたりの共通の友達である宮田昇始君(現:Nstock代表)はSmartHRという日本シェア1位の労務管理サービスをつくったけど、過去に病気で休職した経験から労務手続きの複雑さに直面して、その負担を減らしていく仕組みを考えたんだよね。優れた経営者は自分のニーズを徹底的に掘り起こすことでビジョンをつくっていくんだろうな。

ゴウ:そうだね。でも自分の課題感だけに向き合っていたら当然ながら大きくはならない。SmartHRは日本全国の法人の課題解決というところにまでビジョンを広げたからあそこまでの規模に成長したんだよね。自分のやりたいビジネスがどこを目指すのかっていうところで、必然的にアプローチは変わってくるものだと思う。

柿次郎:僕はパカーンとくるようなひらめきでみんながやりたいことを実現できるような場所をつくりたいと思ってて、それがビジョンと言えばビジョンかな。ここは二階建ての倉庫物件だから、この場所を使って何かをやりたいと思ってくれる人が増えたらおもしろいし。信濃町と長野市を行き来する途中にコーヒースタンドが欲しかった。きっと需要もあるだろうと。

ゴウ:そのマインドはローカルビジネスのひとつの正解だよね。自分のやれる範囲で無理なくやれることをやるっていうのは普通のことで、例えばコーヒーを上手に淹れることができるからコーヒー屋さんをやろうとか、料理が上手だからご飯屋をやろうとか、それがいいとか悪いとかではなくて、そういうもの。柿次郎はそういう意味で等身大のビジネスをやっているんだと思う。

柿次郎:これが等身大のビジネスであり、ローカルビジネスなのか。あんまり考えたことなかった。

ゴウ:俺も20年近く前に起業したときは、ウェブサイトがつくれるからウェブ屋をやろうっていうくらいの気持ちで始めてる。当時は壮大なビジョンとかこれっぽっちもなかったよ。それが自分なりに経験を積んで、今だったらこういうこともできると取り組んでいるのがEarthboatなんだよね。

柿次郎:要は経営者としてレベルアップしたということだよね。

ゴウ:壮大なビジョンがあった方がいいということではなくて、どんなビジョンの世界線に自分はいたいのかっていうことだと思う。RPGゲームのクリア後、ステータスを引き継いだ状態で最初からプレイすることをネットスラング的な言葉で「強くてニューゲーム」というけど、俺は今その心境でEarthboatのビジネスを楽しむことができてるよ。

ローカルスタートアップのカルチャーをつくる

柿次郎:やっぱりゴウ君という人は、いろいろ早いなぁと。実家の宿がローカルビジネスのど真ん中でその難しさを子どものときから感じているし、20代そこそこでIT企業をつくってそれをしっかり成長させて手放している。そして早くに結婚して子どもを育てあげている。

ゴウ:いやいや、俺はせっかちだから何でもバーってやってみるだけ。うまくいかなかったことなんてたくさんあるし、潰したサービスだって死ぬほどあるんだよ。そのなかでうまくいったと言えることのひとつはLAMPくらいで、Earthboatはその流れの延長にあるものだと考えてもらえればいいと思う。Earthboatが失敗したら自分の起業家としてのチャレンジはいったん終了くらいの気持ちでいたけど、それがありがたいことに多くの人に受け入れてもらえてるのが今なんだよ。

柿次郎:時代背景もあるんだろうけど、信濃町発のスタートアップが出資まで受けて拡大しているのはすごいことだ。

ゴウ:以前別のスタートアップの経営者とめちゃくちゃ忙しいねっていう話をしたときに、その経営者が「それくらいやらないと会社が死んじゃうからね」って言ってて、それはほんとにその通りだなって。

柿次郎:仕事に取り組むスピード感が違う。

ゴウ:だって本来なら10かかる時間を5とか3とかでやらないと、お金が持たなくて死んじゃうっていうビジネスをやってるから。「早くやれ!今すぐかたちにしろ!とにかく世の中に出せ!」って。そうやって自分に発破をかけながら、PDCAを回し続けないと死んじゃうのよ、スタートアップの仕組み的に。

柿次郎:Earthboatは自然豊かな信濃町という素晴らしい環境にあるわけだけど、「田舎暮らしをしたいな〜、ゆっくり過ごしたいな〜」っていう田舎的な気持ちと、近代資本主義的なスピード感を両立させようとしたときに、心と体はバラバラにならないの??

ゴウ:そこはほんとに人それぞれの趣味趣向の問題。別に倍速で生きる必要はない。ただ、俺はこの世界線に挑みたいから倍速でやるだけ。スタートアップの道を選んだ以上、それは当たり前のことだと思ってる。今採用も頑張ってるけど、田舎で暮らしながらガンガン働いてスタートアップ的なキャリアを築いていきたい人が来てくれたらいいなって思ってるよ。興味のある人、一緒に働きませんか?

柿次郎:就職希望者はこのインタビューシリーズが必読だ。

ゴウ:仕事はハードだと思うけど、都会で満員電車に揺られながら通勤するより断然気持ちよく働けるんじゃないかな。
ちなみにうちはオンラインだけの仕事とかはないよ。社員は基本的に全員信濃町のオフィスに出社してもらってる。フィジカルに顔を合わせて、深くコミュニケーションしながら強く結束していきたいから。本来東京でやってたようなスタートアップカルチャーを大自然の田舎につくるのが目標だね。

柿次郎:ローカルスタートアップの価値観をここまで言語化する会社もなさそうだなぁ。いやー、Earthboatの5年後、10年後はどうなってるんだろ。
ゴウ:もちろん、日本全国にEarthboatを普及させるっていうのをやってなきゃダメ。その上で自分たちが提唱する自然との関わり方、体験価値が一般化されていることが理想だね。
改めて言うけど、ローカルスタートアップの文脈はメインストリームにはなり得ないかもしれない。それでもひとつの選択肢として、Earthboatみたいなやり方もあるんだって世の中に提示していきたい。人口7千人の小さな町から上場するような会社が出るって、俺は夢のある楽しい話だと思ってるからさ。

柿次郎:田舎町に新たな産業と雇用創出は絶対必要だ。めちゃ期待してるし、仕事に困ったら雇ってね。

ゴウ:柿次郎は上場するような企業に向いてなさそう(笑)

柿次郎:ダメか〜。


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