見出し画像

安易な道を拒み続けた。「難しいを簡単に見せる」Earthboatの設計哲学 / 高田一正×富岡庸平×吉原ゴウが振り返る(後編)

株式会社アースボート代表・吉原ゴウの思考と実践の今をお伝えする当企画。前回に引き続き、テーマはEarthboatの設計と開発。ロンドン在住の建築家・高田一正さん(PAN- PROJECTS)と構造エンジニアの富岡庸平さん(ARSTR)が、従来の設計の概念に挑み続けた2年半の歩みを振り返ります。

吉原とふたりの設計者が目指し続けてきたのは、自然と建築が調和した「新しい風景」の創造。試行錯誤を繰り返しながら進化を続けるEarthboatの現在地を今回も吉原の友人である信濃町在住の編集者・徳谷柿次郎さん(Huuuu/パカーン)が掘り下げます。

高田一正/PAN- PROJECTS共同創設者。王立英国建築家協会(RIBA)。早稲田大学創造理工学部建築学科卒。デンマーク王立芸術アカデミー大学院修士課程修了。2019年よりロンドンを拠点に活動中。高知県出身。

富岡庸平/構造エンジニア、一級建築士、ARSTR(アルストラ)代表。1990年神奈川県生まれ。2012年東京理科大学工学部建築学科卒業。2014-15年リスボン大学、Schnetzer Puskas Ingenieure(スイス)インターンを経て、2016年東京大学大学院修了。2016〜22年、佐々木睦朗構造計画研究所に勤務し、2023年よりARSTR(アルストラ)主宰。2024-法政大学兼任講師

ずっと続くから楽にする

ーー前回ゴウ君はみんなを楽にしていきたいって話をしていたよね。そのあたりをもうちょっと詳しく聞かせてもらってもいいですか?

ゴウ:それは最初から思っていたことでもあるけど、Earthboatは量産が前提だからどんどん効率化して、上流から下流まで綺麗に水が流れるようにしないといけないんだよね。それってすごく時間もかかるし大変なことなんだけど、その体制をつくることができたらやっぱり、おいそれとは真似できないものになると思っていて。

高田:いや、もうすでに真似できない領域なんじゃないですか?(笑)

ゴウ:そうかもね。最初の頃によく言われたのが「Earthboatっていいプロダクトだけどプロの建築家が実際に泊まりに来て採寸していったら、真似されちゃうんじゃない?」って。そりゃそうなんだけど、合理的に考えたら正直やらない方がいいと思う。やるんだったらEarthboatをそのまま買った方が絶対に安く上がるだろうし。

高田:要は職人さんとのやり取りとかをいかにスムーズにできるか?っていう話でもありますよね。僕らが効率化を目指して築き上げてきたネットワークやノウハウをそのままトレースすることって簡単にはできない。一台つくるだけでもめちゃくちゃお金と時間がかかるはずで。

ゴウ:1回きりのプロジェクトだったらこうはなっていない。前回も伝えたけれど、これまで26回もバージョンアップしながらみんなにとっていいかたちを目指してきたからね。関わる人たちの全方向から意見を吸い上げて、設計に反映してきた民主的な建築プロジェクトもなかなかないと思う。

ーー他の追随を許さないぐらい、過剰さがあるもんね。

2024年11月にオープンした「Earthboat Minakami Fujiwara」
Earthboat初の露天風呂を完備

高田:Earthboatって施工業者だけじゃなくて掃除スタッフからも意見を吸い上げて設計に反映させていくんです。建築家的には施主がいっぱいいる!(笑)みたいな。緊張感のある状況ですけど、それがすごく新鮮で楽しいですね。

富岡:僕もそうですね。構造家の仕事って建築家とのやりとりがメインで施主に会うことってほとんどないんですけど、僕はその施主であるゴウさんから声をかけられて、ふたりで愛媛までCLTの工場見学に行ってますからね。ここまで施主と距離の近い仕事は初めてです。

ーーみんなゴウ君にめちゃくちゃ巻き込まれてる(笑)

ゴウ:俺はこのプロジェクトをこのメンバーでずっとやっていきたいんだよ。だからみんなが楽になるように、それぞれのセクションで思ってることとか、課題に思ってることは何でも言ってもらうようにしてきたつもり。

高田:ずっと続くものだからみんなで良くしていこうっていう空気をゴウさんがつくってくれているんだと思いますよ。Earthboatが目指すものをみんなが信じてやれているのは強いですよね。

安易な道には向かわない

株式会社アースボート代表の吉原ゴウ

ーープロダクトとしてはもうかなり完成形に近い印象だけど、現時点では何%くらいやりたいことをやれてるという認識なのかな?

ゴウ:それでいったら初期モデルはもう本当100%のクオリティでやれてる自信があるし、それぐらい濃密な2年間だったと思う。躯体に関してはもうこれ以上大きなアップデートはないだろうなと。

高田:そうですね。野尻湖に置いてあるのが一番最初のものですけど、あそこからめちゃくちゃ進化しましたからね。あれはあれで、僕は苦戦の跡が見られて好きなんですけど。

ゴウ:建築家視点のマニアックな発言だね(笑)

高田:ジャン・プルーヴェっていうフランスの有名な建築家がいるんですけど、その人もプロダクトの量産化でたくさんの工夫を考えてきた人なんです。マニアとして面白いのはやっぱり一番最初のプロダクト。Earthboatもそういう視点で楽しむ人が現れてくれたら建築家冥利に尽きますね(笑)。

富岡:Earthboatってマニアックな工夫がたくさんあるんです。例えば世の中のCLTの建物って金具が全部外に見えてることが多いんですけど、Earthboatって全部内側に隠れてるんですよ。例えばこのバージョンではドリフトピンっていうものでシャーシとCLTを留めているからできるんですけど、こういうのってほんとに珍しい。ドリフトピンは1mmでもずれたら合わなくなるので、かなり緻密につくりました。

ゴウ:高田君たちとずっと仕事をしてきて思うのは、彼らは安易な方向で落としにいかないのよ。むしろめっちゃ難しい方にあえて設計のアイディアを持っていく。特に高田君は「それだったら僕じゃなくてもできますよね?」「それって普通過ぎませんか?」とか、そういうことを言うんだよ。

ーー自分の仕事へのプライドがそうさせるんだろうね。プロフェッショナルな仕事人だ!

ゴウ:彼の面白いところは一見普通に見えるようなところに、普通の人じゃやらないような要素を入れようと果敢にチャレンジするところ。そのアーティスト的な姿勢は本当にリスペクトしてるよ。

高田:ありがとうございます。難しいものを難しいままつくるのって何も面白くないんです。難しいものを簡単に見せるために、難しいことにチャレンジするのが面白い。大変は大変ですが、それができるとやっぱり気持ちがいいですから。富岡さんにはいつも苦労をかけていますが(笑)。

富岡:ははは(笑)。
ゴウ:まあ、自分で自分の首を絞めてるんだからいいよね。面白いチームになったなぁと思うよ。

自然な建築、不自然な建築

ーーEarthboatの設計チーム、めちゃくちゃいいバイブスを感じるね。もうゴウ君が頑張らなくても自然と回っていくんじゃない?

ゴウ:舵取りは必要だけど、実際俺が細かく首を突っ込まなくても高田君たちが全方向とやり取りしてくれるおかげで楽になってきてるのは事実。彼らから上がってくる提案は大体的を得ているし、普通にいいんじゃないって思えるものばかりだからね。

高田:最初の頃はたくさん議論しましたけどね。ロンドンと日本は昼夜逆転してますけど、こちらの夜にオンラインで話をして、次の日の朝にはゴウさんから新しい提案が出てきて、それを基にまた何時間も話をしてっていう。

ゴウ:濃密な時間だったよね。あれだけやりとりを重ねたから、お互いのことを理解しあえていいものをつくることができたんだと思う。建築家と施主の関係性で言ったら普通あんなに議論しないでしょ?

高田:普通は契約書でミーティングの回数とか縛るんです(笑)。施主に説明するときも通常うちでは資料200枚ぐらい用意してやるんですけど、ゴウさんはそういうのを求めてないし、それよりも一緒につくって、このプロジェクトを早く進めていこうとする。スタートアップのビジネスと建築を掛け合わせようと思ったら、それはやっぱり正しいアプローチだなって思いますね。

ーースピード感は確かにEarthboatのビジネスの大きな特徴だよなぁ。初期のミーティングではいろんなことを話したと思うんですけど、例えばどんなことを話したの?

高田:ゴウさんとよく話してたのは「新しい風景」を目指そうっていうことでしたね。新しいとは言っても近未来的なデザインにするとかではなくて、自然の中に自然に溶け込んでるようなものをつくろうと。でも良く見たらタイヤがついてるし、素材にもこだわりまくってる変なプロダクトだぞ?っていう。そういうものが日本各地に広がっていくことを想像しながらデザインしましたね。

ゴウ:デザイン的には20年後でも30年後でも古さを感じさせないものにしたかったんだよね。言い換えれば普遍的であるということ。高田君たちはこのニュアンスをうまく受け取ってくれたよね。

高田:それが自然かどうかっていうのは、富岡さんともよく話して考えましたね。何が自然かってすごく難しいですけど、例えば3Dプリンターの技術を使ってとても有機的な造形の家を作って、それを自然だよねっていうこととかは、本質からずれている気がしちゃう。

ゴウ:理に適ってるかどうかが大事だよね。田舎でかまぼこ型の農業小屋みたいなのを見かけるけど、あれは屋根雪が自然と地面に落ちるように考えられた雪国ならではの発想。ああいうのは日々の暮らしの中で必要に迫られてつくりましたって感じがして好きなんだよね。

高田:ひとくちに建築とは言っても、自然を感じるものとそうでないものがあるのは不思議で面白いですよね。どんな建築物も人間がつくるという点では一緒なんですけど、何十年経っても色褪せないものは自然を感じさせてくれるもの。Earthboatの価値は、きっとこれからの時代が見極めてくれると思います。

建築談義前編はこちら

過去記事はこちら

Earthboat宿泊予約はこちら