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バージョンアップを26回重ねた終わらない建築「Earthboat」はなぜ生まれたのか? 高田一正×富岡庸平×吉原ゴウが振り返る(前編)
株式会社アースボート代表・吉原ゴウの思考と実践の今をお伝えする当企画。前後編となる今回のテーマはEarthboatの設計と開発。初号機から現在のバージョンに至るすべての設計を手掛けているロンドン在住の建築家・高田一正さん(PAN- PROJECTS)と構造エンジニアの富岡庸平さん(ARSTR)が従来の設計の概念に挑み続けた2年半の歩みを振り返ります。
前編はバージョンアップを重ねるEarthboatとふたりの設計者の専門的な「仕事」について。聞き手は今回も吉原の友人である信濃町在住の編集者・徳谷柿次郎さん(Huuuu/パカーン)が務めます。
高田一正/PAN- PROJECTS共同主催。王立英国建築家協会(RIBA)。早稲田大学創造理工学部建築学科卒。デンマーク王立芸術アカデミー大学院修士課程修了。2019年よりロンドンを拠点に活動中。Royal College of ArtsにてAssociate Lecturerとして教鞭も取る。
富岡庸平/構造エンジニア、一級建築士、ARSTR(アルストラ)代表。1990年神奈川県生まれ。2012年東京理科大学工学部建築学科卒業。2014-15年リスボン大学、Schnetzer Puskas Ingenieure(スイス)インターンを経て、2016年東京大学大学院修了。2016〜22年、佐々木睦朗構造計画研究所に勤務し、2023年よりARSTR(アルストラ)主宰。
Earthboatは終わらない仕事
ーー本日はEarthboatの開発に関わるふたりのプロフェッショナルにお越しいただいてます。まずは高田さんから自己紹介をお願いします!
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高田:こんにちは、建築家の高田一正です。ロンドンを拠点にPAN- PROJECTSという建築ユニットをやってます。生まれは高知県なんですが、中国・タイ・デンマークなど世界各地で暮らした経験があります。ロンドンの大学で建築を教えていて、ちょうど休みの期間に入ったということもあり久しぶりに日本に戻ってきました。よろしくお願いします。
ゴウ:高田君はセンスと熱量がすばらしい建築家。現在進行形でEarthboatの設計を担当してくれています。そんな高田君とタッグを組んで設計の安全性を計算してくれているのが構造エンジニアの富岡君です。
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富岡:はじめまして、富岡庸平と申します。神奈川県の鎌倉生まれで、幼い頃はパリに住んでました。小中大と日本で過ごして大学院でポルトガルに留学。そのときにデンマークで仕事をしていた高田さんとご縁ができて、あれこれと一緒にプロジェクトをやるようになりました。
ゴウ:Earthboatもそうだけど、いい意味で変な仕事ばかりやってるよねふたりは(笑)。運河に浮かぶ船みたいな造形物の設計とか。
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富岡:デンマークのコペンハーゲンで開催されていた港湾フェスティバル「Copenhagen Harbor Festival」でやったフローティングパビリオンですね。このときは波が造形物に与える影響を計算しました。安全性を検証しながら、よりよい構造を提案するのが僕の仕事ですね。
ゴウ:俺が高田君に注文をすると、彼はいつも「構造家に確認します」って言うんだよ。建築家にとって、理論的に安全性を計算してくれる構造家はすごく大事な存在なんだよね。特にEarthboatのような特殊な建築には彼の存在が欠かせないと思う。
ーーめちゃくちゃ賢そうな世界線で仕事をしてる人たちだ! ゴウ君はどうやって出会った?
ゴウ:Earthboatのブランディングを担当してくれたB&H社の代表から紹介してもらったんだよね。ロンドンにめちゃくちゃ活きのいい建築家がいるからEarthboatの設計の相談してみたら?って。それで自分の考えてることをあれこれと話して、次のMTGで出てきたのが「CLT(直交集成板)」を使った設計プランだった。それがめちゃくちゃ興味深くて。
高田:ゴウさんの話をよく聞いていくと、いろいろ面白いことを言ってたんです。地元のバブルの負の遺産がどうにもならなくなってることやご実家の宿業の経験からちゃんと稼げる持続的なビジネスモデルを広げようとしていることとか。その話がすごく印象に残ってるんですよね。
ーーゴウ君がこれまでのインタビューでも語ってきた重要な動機だ。
高田:でも当時はまだゴウさんも手探りで動き出した段階でもあって、既存のメーカーが売ってるトレーラーハウスを買ってきて、その内装を作り変えるみたいなプランを検討されてたんです。
ゴウ:そういえばそうだったね。もう遠い昔の話に思える(笑)
高田:既存のトレーラーハウスって壁も薄いし、乗ったら揺れるくらいの軽さなんです。居住性に優れているとは言えないし、正直耐久性にも不安がありました。ゴウさんの実体験に基づくビジョンはすごく面白いけど、ゴウさんが本当にやりたいことって、こういうものを広げることじゃないんじゃないか?って思って。
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ーークライアントの思いをちゃんと汲み取ろうとする姿勢がすばらしいなー。そこからCLTのアイディアにつながっていったんだ。
ゴウ:CLTって名前も知らなかったんだけど、高田君の話を聞けば聞くほどまさにこれだという感じがあって、自分なりにも勉強を進めていったんだよね。設計は当初2週間くらいで終わる想定だったけど、まったくそうはならなかったね(笑)。
高田:僕は最初のデザインを提案した時点で、これは終わらない仕事になるなって思いました。今バージョンが「1.4.10」なんですけど、「1.4」となるまでに構造や施工方法が根本的に変わっていて、そこが固まってからもう10回のアップデートを繰り返しています。
ーー細かすぎるアップデート! なんでそうなるの??
ゴウ:ひとつはEarthboatが全国展開を目指しているから。全国展開をするということは、たくさんのEarthboatを効率的に生産する必要がある。つまり量産だね。じゃあ量産するためにはどうすればいいか。一台の完成までにかかるコストと時間を圧縮しなければいけない。それらを圧縮するためには設計の工夫が必要で、そこに高田君たちの努力がある。
量産体制を築くことができれば、コストはさらに圧縮されていく。ハウスメーカーの建売住宅が手頃な価格で売られているのは、彼らがそれを効率的につくるノウハウを確立して、独自の量産体制が築けているから。
一般的な建築であれば一度の設計と施工に全力を注いで、力技ででもそれが完成すれば手離れする。だけどEarthboatは全国展開を目指すことを前提に体制をつくってきたから、アプリが使い勝手を向上させるためにバージョンを重ねるように何度もアップデートを繰り返すんだね。それはみんなに負担をかけることでもあるから、早くいいかたちをつくってみんなを楽にしたいという気持ちがある。
ーーなるほど、IT文脈でも仕事をしてきたゴウくんらしい説明だ。つまり「終わらない建築」みたいなもの。経済合理性から距離を置いた泥臭い取り組みとも言えるけれど、実は結果合理的になりえる……おれも好きなやつだ。
そうなのよ。いい意味で手離れが悪い。もうひとつはこれも重要なんだけど、法規の問題。Earthboatって法律的には建築物ではなくて車両扱いなんだよね。前例のない建築物(車両)として関係各所に認めてもらうためには細かな調整が必要になってくるから、その対応としてのバージョンアップもあるね。
富岡:これは建築であって建築ではないEarthbortの特殊性ですね。高田さんと一緒につくる建築のなかでも、Earthboatはイレギュラーの極みと言えるようなもので。CLTを使った量産型のトレーラーハウスで全国展開を目指すという発想が生まれた時点で、終わらない仕事になるのは確定でしたよね。
自分たちで確かめる安全性
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ーーおふたりにとってもこの世に存在しなかったものをつくるチャレンジだったと思うんですけど、Earthboatを設計するにあたって特に考慮したところって何だったんですか?
高田:初期によく話していたのは耐久性ですね。建築家は施主の思いをかたちにするのが仕事。5年持てばいいという話であればそういうかたちにすることもできるんですが、ゴウさんは最初の設計プランからどんどん考えを深めていって30〜40年持つものにしたいと。つまりは建築の強度を求めていました。
ゴウ:なんでそう思ったかというと、Earthboatは宿業をやる前提のプロダクトだから。宿業っていうのは10年で終わることはまずないし、20年30年続けられてやっと旨みが出てくるような世界。トレーラーハウスのメーカーとして10年やそこらで朽ちてしまうようなプロダクトで宿業をやってくださいなんて無責任なことを言いたくなかったんだよね。
高田:当然耐久性を上げようと思えば相応にコストも上がっていくんですが、ゴウさんがとにかく妥協しなかったんです。プラスターボードを使った典型的なトレーラーハウスの外壁材が9mmだとするなら、Earthboatは最終的に18mmの分厚さになったんです。
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ーー通常の倍の強度だと。なぜそこまで?
高田:自然への考え方や積雪と屋根の関係性を考えると、外壁材に予算を割いてでも厚みをもたせることが必要です。だから極めて厳しい自然環境に置いても、積雪地帯の冬を越せるような最高レベルの耐久性をあらゆる面で作っていきました。
ーーメイン拠点となっている長野県信濃町は2m以上、雪が積もるエリアもありますもんね。
高田:そうです。これはEarthboatと自然の関係性を考慮していて、そもそも日本国内の僻地にあるような厳しい土地での無人運営を前提としています。普通のトレーラーハウスなら先ず不可能という場所に入っていかなくてはならない。しかもゴウさんのように信濃町という厳しい環境で暮らしてきた人が発案者なので、妥協のしようがないんですよね。
富岡:Earthboatって千葉の工場でつくってそれを全国に運搬するじゃないですか。CLTの分厚くて重い建材を使ったEarthboatが高速道路で揺れ続けながら振り回されるんです。遠心力とか風圧とか、いろんな力がかかります。その試練を乗り越えて無傷で目的地に到着しなければいけないという条件も重なりました。
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ーー普通の家じゃありえない耐久テストだと。
高田:生まれた瞬間に大地震を経験させるようなものです(笑)。耐久性の観点で言うと、ほかにもたくさん考えることがありました。Earthboatって豪雪地帯にも設置できるわけですよ。例えば2mの積雪があってそれを人間が放置した場合でも大丈夫な屋根の設計なのか?まで考えないといけません。
富岡:Earthboatは法律上は車両扱いのため、建築基準法の適用外です。建築物としての安全性は自分たちで設定しないといけないんです。安全基準を自分たちでつくる責任は大きいので、そこは厳しくやりましたね。計算を重ねていくと最終的には倫理に行き着くんです。はたして雪というのはどこまで積もらせていいものなのか?とか。
ーー神の領域? プロジェクトXみたいなプロの仕事論になってきた。
ゴウ:俺は雪国育ちだからこの建築ならこれくらいは大丈夫だなとか感覚で分かるんだけど、そこをきちんと数値化しながら理論的に設計していくところに彼らの仕事のすごさがあるよね。
ーーめっちゃ面白い。でもEarthboatって雪国だけじゃなくて、いろんな環境に置かれる可能性があるものだよね。あらゆる変数に応じた設計って難しくないですか?
高田:そうですね。雪でも風でも日本最強レベルのものをクリアできる設計がオーバースペックになる地域もありますから。そこは地元の業者さんの意見を聞きながら、それぞれの環境に適したバリエーションを用意していくという話に今はなってますね。だからまだまだ仕事が終わらないんですけど(笑)。
子どもを育てるのと同じように
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ーーゴウ君たちはこういうことを一つひとつ手探りでやってきたんだね。
ゴウ:おかげでだいぶノウハウが貯まったよ。自然の中で快適に遊ぶプロダクトとしてこれ以上スペックを上げられるのか?みたいなところまで来たと思う。めちゃくちゃ細かい仕事をやってきたよね。
高田:最近だとサウナ室に使ってる木が乾燥で収縮してミリ単位の隙間ができてしまうことが分かって、それを改善する設計を加えたりしました。このほかにも電気配線を簡易にするための溝をつくったり、CLTの建材にあらかじめ墨出しの線を入れておくとか、組み立ての手間を減らす工夫もたくさんやってます。
ゴウ:CLTのパネル数も初期の半分以下になったもんね。以前はEarthboatの駆体となるCLTを組み建てるのに丸1日以上かかっていたけれど、今ではもう数時間で終わるようになった。それは職人さんたちが熟練してきたっていうのもあるけど、高田君たちが試行錯誤しながら設計を考えてくれたことは大きいよ。冗談抜きで高田君は今日本で一番CLTに詳しい建築家と言ってもいいんじゃない?
高田:建て方に関してはそうかもしれません。こんなに施工業者さんと建築家が直接やり取りを重ねる仕事もないので。それが新鮮で面白いところなんですけど。
ゴウ:誰もつくったことがないものをつくるってこういうことなんだろうね。最終的にはみんなが楽になるようなかたちをつくっていきたいし、それはもうそんなに遠くない未来の話だと思う。俺たちの仕事、ここまで来たら後戻りできないしあとはやり続けるだけだね。
高田:そうですね。僕はもうEarthboatって自分の子どもみたいな感覚があるんです。子どもの世話ってその子がひとり立ちできるようになるまで、何十年も続くもの。産んだからにはやっぱり責任をもって、これからも面倒を見続けていきたいですね。
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建築談義は後編に続く
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