トウキビ と 馬の骨
義母は、常に何かに不満を感じている。
そして、常にその不満を口に出している。
はじめて挨拶をしてから、これまでも
ずっと不満を吐き出しているところを見てきた。
何がそんなに不満なんだろう。
そう思って観察していると、
全てが自分の思い通りにならないと不満なようだ。
こうして書くと、とても不憫な人に見えるが
根は優しくて愛の人だ。
ただ、愛情が押し付けるように全面に出すぎて
周囲の人が面倒臭くなってしまう。
義理の兄貴(私のひとつ年下)に対しても、過干渉っぷりが出ている。
もちろん、実の娘。私の妻さんにも。
◇
まだ妻さんと付き合って間もない頃、週末にさくらんぼ狩りに行った。
その日いつもなら、もっと早くに支度が終わるのに、なぜか彼女は時間をかけて準備をしていた。
言い方は良くないけど、ダラダラと行きたくないかのように感じて、「行くのやめとく?」と声をかけたほど。
その後、余市のさくらんぼ農園まで車を走らせる。
現地についたのがお昼過ぎ。さくらんぼ祭りが開催されていた。
種飛ばし大会やさくらんぼの苗を売っていたりと盛り上がっていた。
ひととおり冷やかしてから、さくらんぼ狩りに向かって歩いていると、突然彼女が路駐している車の影に隠れた。
なにしてるの?
お父さんとお母さんがいる
え?なんで隠れるの?
面倒臭いから。言ったでしょ。うちの親、面倒臭いって。
いやいや、ちゃんと挨拶しようよ
え?嫌じゃないの?
嫌とか嫌じゃないじゃなくて、挨拶くらいはちゃんとするよ
声かけてきてよ
う、うん。分かった。本当にいいの?
そんなやり取りをして、道の先を歩くお父さんお母さんに声をかけてもらった。
◇
うちの親、過干渉で。もうすぐ30になるって言うのに、門限があるんだよ。21時。それ過ぎると、お母さんが寝ないで待ってるの。リビングの部屋の電気消して。
出かけるって言うと、誰と何処にって毎回聞かれるし、21時過ぎて帰らないと何度も電話かけてくるの。
付き合い始めの頃に、毎回彼女からそんな話を聞いた。
でもさ?実家暮らしなんでしょ?嫌なら離れてみたら良いんじゃない?そうしたらお互いの距離感が良くなるかもしれないし、離れてみたら親のありがたみも分かると思うけど。
一人暮らしするなんて言ったら、うちの親発狂するかも知れない。
今みたいに不満ばかり言ってても解決しないんじゃない?
そう言って彼女に一人暮らしを勧めた。彼女はいよいよ決心してご両親に切り出した。
めちゃくちゃ反対されて揉めたらしい。それでも折れることなく彼女は家を出た。
けしかけた責任も感じて、家具家電を揃えるのに協力もした。
そうして始めた一人暮らし数日後、彼女は二日連続で朝寝坊して会社に遅刻した。
さっそく親のありがたみを知ることになる。最終防波堤が無いからね。
彼女の友達からは、よく一人暮らし許してもらえたね?あのお父さんお母さんでしょ?なんて言われてた。
◇
どうも。はじめまして。
あんただれ。どういうこと?
あ、私、彼女とお付き合いさせていただいています。佐藤と申します。同じ会社で働いていて、
はあ?聞いてないわよ。
あ、そうですね。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。
で、なんなの?正社員なの?年収は?ボーナス出るの?
はい、正社員で年収は○○くらいでボーナスも出ます。
で、なんなの?こんな何処の馬の骨だか分からないやつに、どうりで急に一人暮らしするとか言いはじめたと思ったら
お義母さんは、さくらんぼ祭りの屋台で買ったトウキビ(とうもろこし)を振り回しながら、息つく間もなく質問してくる。
なるほど、強烈なキャラだな。
そう思いながら、質問には誤魔化すことなく誠意を持って答えた気がする。
同じ質問を何度か繰り返しはじめた頃、お義父さんが、もう良いから、いい加減やめろ。と止めてくれた。
お前たちはこれからさくらんぼ狩りか?お義父さん達は、帰るから。
そう言ってお義母さんの腕をひいて去っていった。
大丈夫?ね?言ったでしょ?うちの親、面倒臭いからって。
彼女はお義母さんから質問責めにあっている間、ずっと仲裁に入って止めようとしてくれてたけど、あんたは黙ってなさい!と言われてた。
うん。でも、大丈夫な気がする。なんだろう?面食らったけど、根は娘のことが心配でしょうがないんだと思うよ。
そのあとのさくらんぼ狩りは、彼女が能面のような表情をしていたことくらいしか覚えていない。
◇
帰りの車の中で、彼女の携帯電話が鳴る。
着信画面を見て、ため息を漏らしながら、ああ、お母さんだ。どうしよう。
出なよ。出た方が良いって。
渋々通話ボタンを押して、会話のやり取りをしたあと、マイクを押さえて、どうしよう。帰りに寄れって言ってる。断るね?
いや、断らなくて良いよ。オレは構わないよ。
え?本気で言ってる?私は嫌だよ?
良いから。良いから。ちゃんと挨拶するし。オレは大丈夫。
そう言って、彼女の実家にお邪魔することになった。
家に着いてからも、一般的には退いてしまうようなやり取りを繰り返した。
でも、なぜか自分はそんなに気にならず、むしろ直球で分かりやすいと思っていたし、直球には直球で返すようにしていた。
それが良かったのか、何度目かにお会いする頃には、普通に会話していたし、冗談も言える関係になっていた。
彼女には、うちの親とあんなに会話できる人初めて見た。すごいね。と言われた。
◇
それから数年後に彼女と結婚して、今では娘も生まれた。
お義母さんとは、初めて会った日のことを、たまに思い出しては笑い話にしている。
自分があの時はトウキビを振り回してましたね?と話を振ると、お義母さんは「やめて、忘れて」と笑っている。
あの日、彼女の出かける支度が遅かったのは、お父さんお母さんがさくらんぼ祭りに行ってる気がしてたからだったと、あとになって聞かされた。
◇
久しぶりの制限のないゴールデンウィーク。
義理の両親が我が家に滞在している。
相変わらず不満を撒き散らす義母に、少しばかり参っている。
さて、そろそろ初めて会ったトウキビの話をしようか。
この話をしているときは、形勢逆転だ。
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