彼は元気だろうか
通勤中に、不登校に関するニュースを読んで、自分の学生時代の記憶を呼び出してみる。
不登校・・・、不登校・・・、不登校・・・、
その瞬間、記憶の隅に追いやられていた思い出が強烈によみがえってくる。
◇
義務教育を終えて、見慣れない顔ぶれで迎えた高校生活。
彼は僕の後ろの席に座ってた。
席が前後ということで、いつの間にか会話をする間柄になった。
よくよく話を聞けば、中学校の学区は違ったものの、うちから徒歩5分程度のところに住んでいた。
そんなわけで、自転車で20分程度の登下校を共にすることも増えていった。
高校生になりたての男子が興味を持つものなんて、だいたい決まってて
ゲームや漫画のこと、車やバイクのこと、異性のことくらいだった。
彼とはよくバイクのことを話していたように思う。
思うというのは、会話の内容が不明瞭であんまり思い出せないのだ。
うん。でも、こうして思い起こしていると、断片的な光景が浮かんでくるから、きっと、そうなんだろう。
2ストがどうだ、4ストがどうだ
レーサーレプリカがどうだ、ネイキッドがどうだ
250ccならNSRが良いけど、400ccだとZZ-Rとか
◇
高校生活にも慣れてきた7月頃から、僕はガソリンスタンドでアルバイトをはじめた。
車好きやバイク好きの先輩に可愛がってもらって、毎週末は遊びに連れ出してもらってた。
学校の授業中は寝て過ごして、毎日のようにバイトに行っては夜更かしするのが日常になったけど、それでも何とか高校には通っていた。
彼も夏休み中にアルバイトをはじめたようで
2学期が始まると少しずつ学校を休むことが多くなった。
秋ごろになると学校に来るよりも休むことの方が多くなり、さすがに心配になってきたのか、自然と毎朝迎えに行くようになっていた。
自転車で彼の家の前に行くと、決まってお婆ちゃんが出てくる。
「いま、準備させてるからね」
「いつも、ありがとうね」
「〇〇のことを、よろしくね」
〇〇の部分にはきっと彼の名前が入るのだろうけど、残念ながら思い出せない。
彼の家庭環境のことは、なんとなく事情があるのかなって思っていた。
いつだって、お婆ちゃんしか出てこないし、彼があまり家族の話をしたがらなかったから。
そうこうしているうちに、気だるそうに彼が出てくる。
面倒くさいオーラを無視して、ほら行くぞと声をかける。
自転車をこぎながら、彼から高校を辞めようと思うといった発言が増えていった。
その度に、そうは言っても中卒より高卒の方がいいんじゃない?なんて自分でも、よく分かっていないことを口にして引き留めてた。
なんなら自分でも高校なんて必要ないんじゃないかなんて思ってたりするのに
バイト先の先輩や周囲の人から、高校くらいは出ておけって言われたことの受け売りだったのかもしれない。
自分には高校を辞める勇気は無いのに、彼はそれを軽く越えて行きそうで
そのあやうさと、どこかに羨ましい感情があったようにも思う。
お婆ちゃんから頼まれてたこともあって、たまに彼にイラッとしてた。
◇
その日も、いつもと同じように、彼の家に迎えに行った。
家の前で待っていると、お婆ちゃんが出てきて、僕の手に何かを握らせてくる。
なんだろうと思って手を開いたら、五千円札だった。
「そんなつもりじゃないんで、受け取れないです」
といって返そうとしたけど、
「〇〇と一緒においしいものでも食べて。いつものお礼だから、ありがとう」
と言われて返せなくなった。
学校に向かう途中で、彼にお婆ちゃんとのやり取りを話して、お金を渡そうとしたが
「ばあちゃんがそういってんだから、好きにしなよ」
と言って、彼も受け取らなかった。
そのお金をどうしたかは覚えていない。
なんとなく、その日から彼を迎えに行くのを辞めた。
次第に彼も学校に来なくなり、二年生になったとき名簿に彼の名前は無かった。
◇
あれはなんだったんだろう。
お金を渡されたことで、具体的な価値になってしまったことに傷ついたのかもしれない。
お婆ちゃんに他意はないことも残酷だったように思う。
いずれにせよ、僕は手を離してしまった。
おばあちゃんに申し訳ないことをした。
彼は元気だろうか。
◇
たぬきの親子さんの企画に参加させていただきました。
友達との青春話になるかは分かりませんが、記憶を呼び出す良いきっかけになりました。
たぬきの親子さん、ありがとうございます。
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