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先輩観察日記

※事実を元にしたフィクションです。
※実際の経験を元にして書いていますが、創作の要素も多分に含みます。
※信じられないかもしれないけども、主成分は「旅マスありがとうの気持ち」



2024/11/1(金)

「なあ、杉本! 突然やけど京都行かへん?」
 そういうことを突然言い出す人なのだ、この先輩は。

 はじめましての人には礼を欠いてはならないと、教わったのでまずは、基本の挨拶からはじめることにする。
 はじめまして、こんにちは。……よし、最低限の挨拶は済んだと思うので、早速だけれども、わたしのはなしを聞いてほしい。

 今年の異動で、わたしの隣の席にやってきた先輩がいる。彼女は部署の中ではいちばん歳の近い同性の同僚になったのだが、その人が、まあなんというか、気になる人なのだ。リアクションは大げさだし、時々はなうた歌ってるし、しょっちゅうなんか食べてるし。……まあそれに関してはわたしもおすそ分けをもらっているので、お世話になっています、としか言えないんだけども。
 わたしはもともと人づきあいが得意ではない。たぶん苦手なほうだ。職場の飲み会に引きずられるように参加する以外は、あんまり積極的に関わることはしない。わたしはあんまり自分のことを話したくはないけども、先輩は正反対で話したがりだから、ちょうどいいバランスなのかもしれない。しょっちゅうあちこちに出掛けているらしいが、旅行好きなんですかときいてみたら、それとはちょっと違う気がすると返された。最近は千葉の海沿いに行くことが多いらしい。意味が分からない。

 出先からの帰り道。乗り換え待ちのホーム。次の電車が来るのを待ちながら、突然の話題に面食らう。
「先輩、こないだは奈良に行くって言ってませんでしたか」
「そうそう、先週半休とったやん。あれあれ」
「え、昼から奈良行ったんですか」
 おいおい、奈良なんて二泊三日の修学旅行で行くところですよ。しかも、その次の日は普通に朝から外回りで一緒だったじゃないですか。その行動力は一体どこから湧いてくるんだ。
「奈良へは何しに」
「……えーっと、知り合いに会って美味しいもの食べに?」
 ……なるほど。寺とか行くわけじゃないのか。
「で、今度は京都。なんでまた」
「いやー最近、ちょっといろいろ行っててさ」
「京都にですか?」
「あれ、お土産渡さへんかったっけ」
 ……そう言われて、最近の先輩の言動を思い出してみる。
 たしかに、最近抹茶味のバームクーヘン、部署のみんなに買ってきてたな。豆乳を使っているらしく、しっとりしていておいしかった。また食べたい。
 一口サイズのお漬物を、こっそりわたしにくれた気もする。一人暮らしにはありがたいんだよな、ああいうの。すぐき、は食べたことなかったけどおいしかった。家用に買ったからって、柴漬けと千枚漬けもおすそわけでいただいたっけ。
 最近、秋めいてきたからと、いいところのらしいお茶を嬉しそうに飲んでいたかもしれない。疲労回復効果があるとか得意げだった。またどこかで聞いてきたんだろうなあ。

「……あれ、もしかして先輩、京都も結構行ってます?」
「あっはは、まあワケあって」
 先輩のカバンについているカエルの鈴と、星をモチーフにしたようなレース編みの飾りが揺れる。どっちもお守りなんだそうだ。それも京都で買ってきたんですか。思ったけれども、わざわざ口にはしないでおいた。
 一方先輩は、「理由と書いて、ワケと読んでね!」とかなんとか……口頭ではわからないところにこだわって、謎の注釈をつけている。こういうところ、この人は……なんというか、変だ。別に、わたしが話を少々聞き流していても、満足そうに話してくれるので、それはそれで苦ではないと思っているのも事実なんだけども。
「で、いつ頃ですか」
「11月の頭、秋の三連休!」
 ……と、いいますと先輩。
「それって、今週末。というか明日?」
「そう!」
 それを、前日に言うな。こっちの予定を考えろ。まあ、部屋の掃除して近所のカフェでモーニング食べたいなあと思ってたぐらいだけど。プライベートでまで、職場の人間に関わる気はない。
「あっ、できれば、初日か最終日がいいんだけど」
 すっかり行く体で話を進めている。いや、もしかしたら、わたしの返事なんてどうでもいいと言う可能性もあるな。とりあえず話を聞いてみる。
「……京都まで行って、日帰りですか」
「いや、3日は予定があって……」
「どっか行くんですか」
「うーん、……しいて言うなら愛媛やけど」
「愛媛!?」
 いったい何やってんだ、こいつ。危ない、もう少しで口からそのまま出るところだった。失礼、先輩に向かってこいつって言いそうになった。わたしのモノローグだから、許されると思いたい。
「行かないんやけど、しいていうなら、見たい番組があってさ」
「はあ」
「まあ、無理にとは言わんけど」
「はい、普通に無理です」
「やんなあー、わかってたけどさー」
 なんなんだこの人は。そりゃあ、本気で京都までの旅を提案するならもっと前もって計画を立ててもらわなければ困る。普通の人は、思い付きで前日に「じゃあ一緒に行きましょう!」ってならないんですよ。
「あれみたいですね、そうだ京都行こう、ってやつ」
「たしかに。まあ、東海のCMやからあんまり馴染みはないねんけどね」
 そう言いながら、鼻歌はちゃっかりそのCMソングだ。往来で恥ずかしいんでやめてください。
「いや、まあ、でも気が向いたらまた言って!新選組関連でも、プラネタリウムでも、嵐山の足湯でも、連れて行ってあげるし!」
 そして、また謎なラインナップを提示された気がする。この人のストライクゾーンがさっぱりわからない。
「はあ……」
「あっ、今度の資格試験のために合格祈願の鉛筆買ってこよかな」
「あー……なんかそんなところありましたね、学問の神様」
「そうそう、そろそろもみじも見れるって」
「へえ」
 たしか有名な神社だ。いつぞや学生の時に連れていかれた気がする。それこそ、奈良と同じく修学旅行の定番の行き先ではないか。
「なんか楽しそうですね」
「うん!相当充実してる!」
「楽しんできてくださいね」
 とりあえず、定番の言葉だけでも言っておこう。ああ、それから。
「あと、なんかおいしいお土産も待ってます」
「ちゃっかりしてるなあ……。まあ、楽しみにしてて」

 駅の放送が鳴る。電車がやってきた。
 なぜだか今年は、最近は、昨年に比べて退屈しない毎日だと思う。それから、美味しいものをたくさん食べている気がする。まあ先輩のおかげではなく気のせいだと思うけれども。
 わたしの先輩観察日記は、もう少し続きそうだ。

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