398円のお布施(税抜)
少し前にある女性と話をした。彼女は、いわゆる新宗教のようなものを信じている人なのだけど、何かに縋らなければならないような環境だとは、自分には思えなかった。だから、彼女がなぜそういうものに入ってしまって、さらにはそこにお金を使ってしまうのか? こう言っては大変に失礼なのかもしれないけど、興味があった。
彼女の夫は、数年前に脳梗塞を患った。それは彼女にとっては晴天の霹靂と言えるような事態だと思うが、彼女の夫は60歳を過ぎていて、それなりの病気がいつ出てきてもおかしくない状況だとも思えた。
幸いにして彼女の夫は、大ごとには至らなかった。しかし、今までと同じように生活することは、少々困難になった。仕事をすることや、人付き合いをすること(とは言っても、彼女の夫は、それほど積極的に人付き合いをしている人ではなかった。)ができなくなってしまった。
仕事からリタイヤしてもいい年齢ではあったのだけど、ずっと夫のいる生活に慣れていなかった彼女は、それを拒否した。そのため、彼女の夫は、少々強引に仕事に復帰した。しかし、脳が少し弱くなってしまったのか、今までと同じことはできなくなり、仕事に復帰してしまったことで、公的な補償も受けられなくなってしまった。
彼女は今現在それを悔いている。
しかし、だからと言って生活が経ち行かないという状況ではないし、彼女自身も仕事をしているので、ちょっとだけ以前と変わってしまった夫と一日中一緒にいなくてもいい。
だから、自分は彼女がそういうものにお金を費やすようになったことが少し理解できなかった。
もちろん、自分の物差しで人の感情は測ることはできないので、本当の彼女の気持ちはわからないのだけど。
そんな彼女も数年が経ち、少し変わってしまった夫との生活にも、多少の浮き沈みはあるにしろ、慣れてきた。と、私は思っている。
しかし、彼女がはまっているスピリチュアルなものからは、抜け出せていない。特に趣味もない彼女なので、もしかしたら趣味の延長みたいなものかもしれない。
だから私はそう彼女に聞いてみた。
「生活に影響が出ない程度のお金を何に使ったからと言って、誰にも責められないけど、ちょっと勿体無い気がするんだよ。その、君が信じている・・・神?・・・みたいなもの?に何を願うの?」
彼女は、「私がお金を使っているのは、なんていうのか、人なのよ。その人の言うことがを聞きたいから、お金を使っているっていう方が正しいかな?」と言う。
「つまり、アイドルに投資をしているのと変わらない感じってことかな?」
「言ってみればそうかも。」
それならば、彼女の言うことはかなり理解できる。
もちろんアイドルのような『推し』に使うお金は、浄財なのだから、少しも惜しいことはないし、それを咎められる人はいないだろう。
なにしろ、彼女は生活に影響が出ない程度のお金しか使っていないのだ。
だけど、まだ少し不思議に思うことがあったので、聞いてみた。
「その人の話を聞くことで、たとえば、心が軽くなったり、なんて言うか、人生の指針のようなものが示されたりするの?」
彼女は、少し考えてから言った。
「なにかいいことがありそうだから・・・。」
「いいことって?・・・なに?」
彼女はまた考えて言った。
「わたし、自由が欲しいのよ。」
自分は少し困惑した。自分と比較することはもちろんだけど、この地域社会一般を対象に考えても、彼女はいわゆる「自由を謳歌」できる立場の人なのだ。
子育ても終わっているし、
家族は先述した夫だけ、
その夫も特に口うるさい人ではない。
彼女が何時に起きて、何時に寝て、何を食べても特に問題はない。
仕事以外で、彼女を縛るものは、彼女自身の問題がない限り、何もない。それなのに、彼女は「自由が欲しい」と言う。
そしてひとつ息を吐いて続けた。
「わがままってわかっているの」
「自由ねぇ」
少し考えて彼女に聞いてみた。
「本当の自由って、すごく孤独で、すごく飢えていることでもあると思うんだ。想像できる?」
「孤独と飢え?」
「そう、不自由さって、対人関係がある時に感じるものでしょ?だから、対人関係がない状態を想像してみて。たとえばさ・・・」
「無人島?」
「そうそう、たとえば無人島、たとえば山の中の一軒家。そこで生活することを想像して。」
「ちょっと、難しそうだね。確かに面倒なことはなさそうだけど、難しそう。」
「そうだよね。そこで生活する時、何が欲しいと思う?」
「欲しいもの?」
「食料とか、水とか、服とか、火とか・・・。
そう言うものじゃないんだ。生きていく上で、そう言うスキルは持っているんだ。だから、生活はできる。自給自足でね。でも、まぁある種の生活における必須アイテム的なものかな?そう言うもの。」
「人間の尊厳を保つために?」
「そうだね。その表現いいね。箸はなくても、手で食べればいいんだよ。でも、人間だから、箸で物が食べたい。とかそう言う物だね。」
彼女はしばらく考え込んで、ふと思い出したように言った。
「トイレットペーパー」
そう言って、ものすごくスッキリした顔で微笑んだ。そう答えた彼女は、なんと言うか、10歳くらい若返った感じがするくらい、いい表情をしていた。
「トイレットペーパー?」と聞き返すと、
「そう、別に他に誰もいないんだから、拭かなくてもいいでしょ?でも、やっぱり拭きたいのよ。わたし。
で、どうせ拭くなら、木の棒や葉っぱじゃいや。トイレットペーパーで拭きたい。」
思わず笑ってしまった。そして彼女に言った。
「つまり、トイレットペーパーがある、買える、その程度の人間関係が君にとっての最高の自由ってことだよ。
それ以上の不自由を受け入れる必要は君にはないし、それ以下の不自由は、甘んじて受け入れるべきなんだよ。」
そう言うことなの?と、彼女は少し考えていた。
そのあと、なんだか騙されているみたいな気がする。とも言った。
「でも、お金をとって君にこの話をしているわけじゃなからね。自分は、この話でお金を取るっている不自由を受け入れたくないから。」
「それは理解できる。」
彼女は即答した。
彼女は、その後彼女が慕っている人への献金を続けているのか、
やめてしまったのかは、わからない。
でも、家で使うトイレットペーパーの質は上げてみたと、ラインが一度きた。
今の世の中、その程度の自由でいいなら、甘受するのも悪くないってことなのかな・・・。
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