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「がん治療RTA」のこと

 先日とてもいい記事を見かけたのでシェアしておく。

 がん治療を専門にしている医師からの貴重な提言である。ざっと一読したが、大事な情報を丁寧に選び取ってわかりやすく書いてある、大変いい記事だと思う。「がんの可能性があります」と言われた瞬間にまず目を通すべき提言だ
 RTAという単語はゲームに親しんでいるかどうかでピンと来る度が変わるが、real time attackの略で、ゲームを攻略するまでの時間(ゲーム内時間ではなく現実での時間)を競い合う競技の一種みたいなものだ。がん治療をRTAに喩えたのは本当に上手だと思う。確かにがん治療はタイムアタックだ。
 参考に、今回登場人物やあざら子が意識的に急いだ点を挙げてみようと思う。

  • 検診センターの読影医が、読んで即電話をくれたこと
     ここで読影の先生が当日中に電話をくれなければ、検診の結果は2〜3週間後に郵送である。あざら子が「がん疑い」を知って動き出すのがそれだけ遅れる。

  • 友人との約束を破ってでも最速で予約を取ったこと
     病院の予約は枠が限られてしまうので、望んだタイミングで予約を取るのはなかなか難しい。もちろん友人が理解を示してくれるという信頼のもと決行したことではあるが、がんかもしれない時に病院を優先して怒る人は、あまりこちらを大事にしてくれなさそうなので、付き合いを見直したほうがいいかもしれない。

  • 手術などの最短の見込みを尋ねたこと
     これはRTAよりはオタ活の予定との兼ね合いの要素が大きかったが、これを確認することで主治医に「この人は早めに対応したい人なんだな」と認識してもらえた気がする。「そんなに慌てないで」と諌められたことも事実だが、医師側の認識は確実に「早めに対応しよう」と変わったはずである。

  • 初手で妊孕性温存の話を持ち出したこと
     これは若年患者に関することなので、がん患者全体に共通することではあるが、以前から言っている通り妊孕性温存は時間がかかる。これも、早めに持ち出すことで、早め早めの対応が可能になった点だと思う。

  • 予約、予定は医師の提示した日程を可能な限り守ったこと
     一箇所だけ、どうしても都合がつかず少し検査に間が空いたタイミングがあったのだが、それ以外は基本的に職場の上司を泣き落としてでも予約を優先した。私的な予定はずっと「ちょっと予定が読めないので、少し先延ばしにしてもいいか?」と了承をとって、全て延期させてもらった。そもそも、遠方にいる人がたまたま来てるとか、何十連勤もしてるどブラック企業の人のたまの休みとか、そんな事情がない限り、がん治療より優先するべき私的な用事はないと思う。こちとら命がかかっとるんやぞ。

 一方で、意識的ではあるが、リンクの提言を守らなかったところもある。それは、あざら子自身が医師で、がん治療についてある程度知識を持っていたからだ。あくまで「敢えて守らなかった」であり、基本はリンクの提言が鉄則だと思う。

  • 病院を「最寄り」で選んだ
     結果的にとても良い医師に出会えたと思っているが、基本的には「激ヤバなドクターに遭遇したら、自分でヤバいと気づけるし、即刻喧嘩別れしてもなんとかできる」という自負があったので選べた選択肢である。もちろん、病院のサイトの医師紹介欄を確認して、経歴など見ているが、「この経歴がまともなのか地雷なのか」を把握する感覚は、同業だから培われたものだと思う。この感覚を同業者以外と共有できる気はしない。なので、基本的には「ちゃんと定評のある病院」を選んだほうが良い。

  • キーパーソンを全く設ける気なく自分一人で通院した
     ついてきたい家族には好きにしてもらったが、こちらから「この人を頼りにしよう」「病院についてきてほしい」とキーパーソンを決めることはしなかった(もちろん、入院時の身元引受人は夫にお願いしているが)。これも、自分が医師であり、「主治医の説明を過不足なく理解できる」「自分の置かれた状況、今後の見通しを自分で把握できる」「自分で知識をもとに希望する方向性を決定できる」という自負があったからである。
     基本的に、医師が説明してくれることは当然専門的な話だし、知識ゼロ、覚悟ゼロのところからいきなりがん告知、今後の治療方針決定、さまざまな決断を患者一人で抱え込むのは厳しい。医師の説明を共に聞き、一緒に考えてくれる人を作るべきだと思う。極端な話、「告知がショックすぎてその後のことは何も覚えていないけど、同伴した家族が聞いててなんとかなった」みたいなケースはザラなのだ。

 そんなわけで、自分自身が医師ですというわけでもない限り、基本的にはやはり提言に沿って行動したほうが良い。知り合いに医師がいるから大丈夫? それで自分が受けるショックを軽減することはできないし、その知り合い、たぶん「激ヤバな医師を見極める感覚」とかは教えてくれてないと思うよ。


 あざら子はと言えば、手術が決まり、心穏やかに過ごしている、というか20年ぶりくらいに全身麻酔の手術を受けることになってむしろワクワクしているくらいの感覚なのだが、先日家族が一堂に会した時に、「自分は大丈夫かもしれないけど、家族は心配してるのよ」と説教を食らった。それはそう。ぐうの音も出ない。その通りすぎる。そこは申し訳ない。でも入院楽しみなんだもの。
 患者側として合法的に病院で過ごせる機会なんてそうそうないのだ。しかも全身麻酔。いやあ、目が覚めたら痛いだろうなあ。いたたたたって言いながら早期離床するのかあ。腕の動作に支障は出ないかなあ。エキスパンダーに生食を入れる時の感覚ってどうなんだろう。早く経験してみたいなあ。
 医者として働く中で、痛感するのである。「この処置はこうですよ〜」と説明するのだが、自分で受けたことがない! 「こうすると痛い」を知識として知っていても、実感したことはないのだ。今回はなんとそれが自分で体感できる。これから、乳がんの手術に関しては、自分で経験したこととして胸を張って話ができる! これを楽しみにせずに何を楽しんだらいいというんだ。発想がマッドサイエンティスト? 実験台を自分にしているだけ褒めてくれよ。

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