見出し画像

あざら子、手術日を言い渡される

 どうも、職場の上の方に病名を明かした上で休み増えますと報告したら、直属の上司(例のしょぼい人)には病名が伏せられているらしく、「体調悪くなったらいつでも言ってね(´・ω・`)でも僕を通さず上に相談してね」とカスみたいなことを言われてイラッとしているあざら子です。上にはもちろん言うけど、その日その日の具体的な業務の調整はお前の仕事だと思ったから報告してるんだよ。あと別に突然倒れる病気ではないよ。まあ言わないんですけども。


 さて、全体的な方針が手術+ホルモン治療に決まったあざら子が次にやるべきは、とっとと手術を受けることである。乳がんは基本的には月単位くらいで進行していくものであるので、数日以内に手術を受けなくてはなりません、みたいな急ぎ方はする必要がない。なので、関与する部署諸々の調整をして、きちんと手術をスケジューリングしていく。
 今回手術を受けるにあたって調整が必要な「関与する部署」筆頭といえば、形成外科である。なぜなら、手術にあたり、あざら子が乳房再建手術を希望したからである。
 別に人間見た目が全てとは思っていないが、胸が片方失われるとさすがに鏡を見たりした時にしょんぼりする気がする。両方取っ払うなら再建しなくてもよかったかもしれないくらいのスタンスではあるが、左右差が出てしまうのはあまり気分が良くないので、再建してもらうことにした。ドクター側も、「そりゃ若いですし当然ですよね」みたいな顔で受け入れてくれた。
 そんなわけで受けることにした再建手術であるが、ややこしい話だが、乳がん切除と乳房再建は取り扱う科がちがう。前者は乳腺外科、後者は形成外科である。「形成外科」というと自由診療の美容形成が有名だが、形成外科領域には当然保険診療領域もあって、今回のように「病気や治療に伴って変わってしまった見た目を、なるべく元通りに近づける」という領域は保険診療になる。美容形成は「今ある状態を、より美しいと感じる形に近づける」というコンセプトなので、この二つは似ているようでちょっと違う。保険診療領域の形成外科は、切除した乳房など体の一部を再建したり、派手に残ってしまった傷跡をきれいにしたり、そういうのが専門である。今回のわたしの手術は、がんを取り去るまでが乳腺外科の担当、その後なくなった乳房を再建するのが形成外科の担当となる。そんなわけで、今まで診察してくれてきたベテランドクターは乳腺外科の先生なのだが、今度は形成外科の先生の診察も受けることになった。

 そんな流れで初めての形成外科受診。乳腺外科の先生は「ベテラン」というに相応しい燻し銀のような渋いおじさまなのだが、形成外科の先生は脂の乗りに乗った壮年の爽やか系男子であった。がんではなく乳房再建領域の話だからかもしれないが、口ぶりも至極丁寧で気遣いに溢れているベテランドクターとは違い、あっさりと軽やかな感じである。もちろんデリケートな領域の話題ではあるので、気遣いはあるのだけども。
 乳房再建は、基本的に手術をしない方を参考にサイズなどが検討される。なので、この日のあざら子の任務は、手術をしない左側の乳房のサイズをきちんと測ってもらい、必要な器具のサイズを選定してもらうことである。

乳房再建について

 乳房再建はいろいろな術式があるのだが、大きく分けて「自家再建」と「人工物再建」に分けられる。
 自家再建というのは、自分の体の他の部分(筋肉の一部や脂肪など)を持ってきて、乳房の形にどうにかこうにか整えてもらう手術だ。「持ってくる」と言っても、完全に身体から切り離してしまうと血液が届かず組織が死んでしまうので、血管で体とつながったタグのような構造のもの(これを「皮弁」と呼ぶ)を、血管を切らないように向きを変えて胸に持ってくることになる。なので、再建に使えるのは、「切り取っても、その部分の機能に大きな支障が出ないところ」かつ「血管でつながった皮弁の状態で胸まで持ってこられる距離」の部分だけである。個人的には、有り余っているムチムチの太ももの脂肪なんかを胸に詰め込み直せたらいいと思うのだが、前述の理由でそうはいかないのだ。現在メインで使われているのは、背中の大きい筋肉の一部(広背筋皮弁)か、腹筋の一部(腹直筋皮弁)を使う術式である。自家再建は、体の他の部分にメスを入れなくてはならないのだが、人工物を使わないので自然な形が作れたり、自分の体の一部なので人工物に関与した術後トラブルが起きる可能性がないなど、結構メリットが大きい。
 対する人工物再建は、その名の通りシリコンなどの人工物(インプラント)を皮膚の下に挿入して、それで乳房の形を作る手術だ。豊胸手術にも通じる内容なので、医療関係者でなければ、こっちの方がイメージしやすいかもしれない。身体の他の部分にメスを入れなくても良く、ボリュームのある乳房にも対応できる(自家皮弁だと、持って来られる組織の量に制限があるので、乳房が大きい場合向かない)。一方で、インプラントというのはあくまでも人工物であるので、破損するリスクがあったり、異物を体内に入れることによるトラブルというのもないわけではない。あと、歳をとってシワシワのおばあちゃんになる前に抜き取っておかないと、片胸だけ異様にグラマラスなシワシワおばあちゃんになる。
 そんなわけで、どちらの手術も一長一短だ。その人の身体の状態や今後の人生の予定、本人の希望などを踏まえ、どちらの手術が向いているかを考えることになる。
 あざら子は以前も言った通り身体のあらゆるところに脂肪を蓄えているデブオタクなので、サイズ的に人工物再建の方がいいだろうということになった。一応、腹直筋皮弁ならば多少大きい胸でも対応できるらしいのだが、なにしろまだ30代で今後妊娠する可能性があるとなると、お腹にメスを入れて腹筋を弱らせてしまうのはあまり良くない。ここに、今後の人生で右胸を強打してはいけないことが決まった(インプラントが破損する恐れがあるので)。

 さらに、人工物再建の場合、再建手術のタイミングも、いっぺんに再建手術の全てを終わらせてしまう「一期再建」と、まず初手で「エキスパンダー」というものを入れて、これを外来で少しずつ膨らませることで皮膚に余裕をつくり、皮膚が十分伸びたところでシリコンインプラントに入れ替える「二期再建」という二種類の手法がある。ただ、一期再建の場合はそれほど皮膚に余裕がないので、これも胸が大きい場合はできない。また、術後合併症が多いという報告もあるらしいので、「スケジュール的に2回手術は無理です!」みたいな事情がなければ、二期再建の方が安全で良いのではないかと思う。
 あざら子? お察しの通り二期再建である。来年も手術を受けることも決まったね。やったあ。


 そんなわけで、粛々とサイズを測っていただき、滑らかに「人工物再建」「二期再建」が決まった。

そして再びの乳腺外科

 形成外科の先生にも現在の状態を確認してもらったところで、正式な手術日の確定である。手術当日は、「がん切除 by.乳腺外科」→「エキスパンダー挿入 by.形成外科」という流れになるので、どちらの先生も都合がつく日でないといけない。その辺の予定のすり合わせを先生同士でやってくれていて、外来では「この日に決まりました」と報告を受けることになる。ここで「その日はちょっと……」とか言い出すとまたスケジュール調整がややこしくなるので、どうしても手術を避けたい日がある人は、手術が本決まりになる前から「この日だけは入院できなくてェ!」とゴリゴリにアピールをしておくのがいいと思う。あざら子は、さすがに手術ともなれば傷病休暇がすんなりとれるものと信じて疑わなかったので(だって勤務先も一応医療機関だからね)、特に手術日の希望はなかったので、粛々と受け入れる腹づもりである。
 この日の外来は、これまで常に予定が入っており空気と化していた夫がついてくることになった。別に夫は冷酷な人間ではないのでそれなりに心配はしてくれているのだが、我々夫婦はドライかつ合理主義の塊みたいなところがあって、「本人が本職なので本人がちゃんとわかってればいいのでは?」「それはそう」みたいな合意ができてしまっていたのである。もちろんあざら子がパニックに陥って泣き叫んでいれば付き添ってくれただろうが、あざら子にあまりに悲壮感が足りないのはご存知の通りだ。そんな夫であるが、「そろそろ手術日も決まりそうだし予定も空いてるし、さすがに行くよ」とのことで同伴受診となった。
 夫を連れて診察室に入り、「夫です」と紹介して席に着く。隣に夫も座り、すわ、いやなんかでかいな。前回隣に座っていたのは母で、あざら子よりやや小柄なおばちゃんなのでなんとも思わなかったのだが、夫氏は実は高身長で、さらに身長をもってしても「ひょろっとしている」という印象を抱かせない立派なタッパをお持ちの人である。でかいのがいるとなんか診察室が狭い。行き場を失った看護師さんがうろうろしている。なんかかさばるのを連れてきてすみません。
 さて、新しい登場人物が出てきたので、ベテランドクターが復習モードに入った。何度も何度も同じこと説明させてすみません。この日の診察に至るまでの流れを、画像を交えて再び説明してくれる。後から聞いたら、夫は「外来の度に全部報告を聞いてたし、知ってるんだよなーと思いながら聞いてた」とのことだった。いやほんと先生すみません。
 一通り説明が終わり、手術日の話になる。当初は「12月、調整がうまくいかなければ1月になるかも」という話だったのだが、無事に12月に手術を受けられることになった。スケジュール的には年末年始が死ぬ気がする。あざら子、こう見えても年の瀬に手術を受けるのは人生2回目である。12月に入院する運命にあるのかもしれない。もはやクリスマスの日に病院食も特別メニューにならないかなとか考えている。前回の年の瀬手術はお腹の手術だったので、碌なものが食べられなかったのだ。
 そして説明が終わったら、入院や手術に際して必要な検査に移る。胸部レントゲンや心電図、取り損ねている採血諸々。長くなりそうなので、買い物に行きたいという夫に「先に帰ってていいよ」と言ったのだが、「まだ店開いてないから」とのことで居残ってくれた。待たせてすまない。
 それから今度は事務の人に、入院についての説明を聞く。病院の設備や面会の手続き、入院時の持ち物、などなど。印象的だったのは、Wi-Fi設備がないので、個人で契約してくれという話だった。今どき、入院患者用のレンタルWi-Fiなんてサービスもあるらしい。確かに通信量は死活問題なので賢い気がする。借りるべきか、諦めてギガを購入すべきか悩ましいところである。なぜかというと、職場にもWi-Fiが飛んでないので、あざら子のスマホは家にいる時以外は常にモバイルデータ通信状態だからである。漫画は読むけど動画はあんまり見ないし、なんかあんまり入院してても変わんないんじゃね?
 そして最後に、産婦人科宛の紹介状をもらう。そう、例の妊孕性温存の話をするためである。受診に必要だからと相談したら、燻し銀ドクターは二つ返事で紹介状を書いてくれたのだ。さすが、仕事のできる人間は仕事の速さが違う。


 そういえば、先日母と受診した際に、ついに職業がバレた。今後の生活を相談する上で必要だからと職業を聞かれたので、さすがに素直に答えたのだ。燻し銀ドクター、「あー! なんだー! 道理で!」と仰せであった。どうもだいぶ不審な患者だったらしい。なんかすみません。あと、そこから燻し銀ドクターの口調がなんか親しげになった。わかる、同業者、気安くなるよね。

いいなと思ったら応援しよう!