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見えなくなった線路とトンネル

 本当は、素敵なものはどこにだって転がっているのだ。見慣れた今の部屋も、初めて見た時は新生活への期待で溢れていたはずだ。いつもの道も、その先に何が待っているのかという新鮮さがあったはずだ。それをいつしか忘れてしまうのが、人という生き物なのだ。

 まだ大切なことを覚えていた時がある。大学四年のころ、僕は単位の修得に追われ、留年の危機に瀕していた。毎日、重いミニ六法を持参しながら興味の薄い法律の講義を受けるのは、少なくとも学生の時は苦痛だった。身近な法律について勉強するのは少し興味を惹かれたが、大概の法律の講義は一般的な学生とは程遠い内容だった(少なくとも、当時はそう思っていた)。

 正直なところ、僕は真面目とは言い難い学生だった。成績は芳しくなかったし、講義をさぼって遊びに行くことも何度もあった。

 四年生にもなると、大学内でほぼ見ていない所はなくなり、学びの場所に飽きてきていた。日常という名のマンネリを繰り返しては、貴重な時間を日々に埋没させていく。ここで友人を増やしたり、就職に向けて行動を起こせていたなら違ったのだろうが、僕は一人でいるのが好きだったし、就職のビジョンも曖昧だった。一言で言えばダメな学生だったのだろう。そんな僕でも、楽しみはあった。ランチの時間だ。

 幸運にも、大学のある場所は安くて美味しいお店がたくさんあった。リーズナブルな定食を提供している食堂や、ボリュームのあるカレー屋さん、名の知れたうどん屋さん。千円札を持っていれば、その日のランチで腹を満たすのに困らない上に、おつりが返ってくるぐらいだ。それは、学生でお金のない僕にとって天国と言えた。食が満たされていればなんとかやっていけるものだ。もちろん、ランチの後の三・四限目の授業の出席率は良かった。

 もう一つ楽しみがあって、大学の図書館に行くのが好きだった。けっこう広い図書館だったから、歩くだけでも色々な本に出会えてワクワクした。教授から託されたレポートのために本を探すのは憂鬱だったけど、そうでない時の冒険は知識の海を泳いでいるような心地良さがあった。何やら難しい著者名の心理学の本を開いては、得心が行ったような顔をしたり、たいして読めもしない洋書を机で読んでカッコつけたり、そんな些細なことが、少し楽しかったのだ。

 あの頃はバカだったけど、あの時はワクワクすることが多かった。今はどうだろう。見慣れた部屋の景色に何かを想うことはあまり無くなってしまった。季節が変わりゆくのを、木々の葉が色づいていくことで気づいても、それで足を止めることは無くなってしまった。本を読むのは相変わらず好きだけれど、その裏にある作者の意図や、文章を通して感じる作為的な誘導に、抵抗を覚えるようになってしまった。

 最近、小さな子供と遊ぶ機会があった。その子供は畳のへりを「線路」だと言って、車のおもちゃを部屋で自由に動かしていた。僕の足と足との間は「トンネル」らしい。子供は屈託なく、笑顔で大人の僕にそう言った。大人になった僕には「線路」も「トンネル」も見えなかったけれど、縦横無尽に動く車のおもちゃは、どんなくびきやしがらみもなく、ただ自由であるかのように見えた。

 本当は、素敵なものはどこにだって転がっているのかもしれない。でも、それを忘れてしまうのが僕ら人間だ。もし見えなくなった線路とトンネルを、もう一度見ることができたなら、あの子供のように笑えるのだろうか。