存在のしあわせ
お読みいただきありがとうございます。E AND I CREATIONSの遠藤です。只今、思考の整理にnoteを利用しています。
比較する幸せに疑問
幸せは本当に人それぞれ。こうなれば幸せになれます!あなたも幸せになれます!など溢れていて、ちょっとあの曲思い出します。うっせーわの曲。
私の場合はと申しますと、ちょっと前までは幸せって良くわからないかったです。私は天邪鬼で理詰めで考えるクセがあり、どうも自分に納得いく理論的なものを探していました。そして、幸せとは・・・になるとどうしても【比較】が出てきます。
〜よりまし
〜じゃなくてよかった
〜の生活がうらやましい
〜できないから
〜よりできる
比較するとレベルとかカーストとか良からぬ基準が発生します。
そうです!!昭和の学生時代を思い出しますわ。そんな中で矛盾とか諦めとかを覚えてしまったわん、と時代のせいにするのもアレですが、そんな時代でした。
そんな私ですが、幸せ探求中にちょっとナットクしたのが【存在】でした。
比べなくともあるだけでよし
存在を調べると両方とも「ある・いる」です。
「ある」の否定語または反対語「ない」です。「有/無」ですね。
「いる」の否定語または反対語「いない」です。「在/不在」です。
否定形の「ない」はこれまた奥深くて、品詞として形容詞だという。活用が「なかった」とかになるのでそうなっているのですが、日本語学習者にとっては[ Why japanese people!? ]でしょう。
ちょっと話が逸れますが、日本人は自然と「ある・いる」を区別しています。無意識で使い分けている日本人の繊細さがよく出ています。
みなさん、人や動物は「ある・いる」どちらを使っていますか?では物や建物ではどうでしょう?「ある・いる」どちらを使っていますか?
ちょっとクイズ「ある・いる」で考えてください。
駅のホームの電車・博物館の電車・池の中の石・池の中の蛙・寿司屋のマグロ・寿司屋の生簀のマグロ・散歩している犬・銅像になっている犬・ネコバス・傘・空を飛ぶ飛行機・夜空の星
合っているとか間違っているではなく、傾向があります。日本人ならば区別して使っている傾向は・・・↓↓↓↓↓↓
時空間で把握してるってww日本人って面白いわね[ Why japanese people!? ]案件でもありますww
あるしあわせを考える
存在があるのにも関わらず、人は生きていくうちに比べて、凹んで、苦しんで「ある」ことを忘れてしまっています。否定されたり比べられてしまったら、自分の存在価値が見当たらなくなってしまします。でもそれは人の言うことなんです。その人だって存在してるし価値がある。比べた自分も恕(ゆる)す。言った人も恕(ゆる)すと心は軽くなる。
もう私もあなたも存在しているのだからそれたけでしあわせ。どんな人でも存在しているだけで有り難いので比べるとか時間の無駄ですよ。
そんな私も結構な時間の無駄を過ごしていたので、そんなんはやめて、存在自体を受け止めたいと思います。