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【キャリアガイド】第2部:一人の人間がどれだけの変化をもたらすことができるのか?についてのエビデンス

こちらは“Part 2: Can one person make a difference? What the evidence says.”の日本語訳です。

一人の力では、何も変えられないと感じることはよくある。世界には数多くの大きな問題があり、それらは往往にして解決不可能のように思える。

だからこそ、人々がキャリアを通して善いことをするのを支援するために80,000 Hoursを立ち上げた時、まずはじめに考えた質問の1つは「一人の人間が実際にどれだけの変化をもたらすことができるのだろうか?」ということであった。

私たちは、善いことを行うためのよく知られた方法の多く(例えば医師になるなど)は思ったよりインパクトが小さく、特定の人々が別の方法をとることで、驚異的なインパクトを残すことができているということに気づいたのだ。

つまり、一人の人間でも変化をもたらすことができる。ただし、少し型破りなことをしなければならないかもしれない。

この記事では、まず、医師になることで、どれほどインパクトをもたらすことができるのかを試算する。そして、歴史上最も大きなインパクトをもたらした人々の話をいくつか紹介し、あなたのキャリアを考える上でそれらがどのような意味を持つかについて考える。

読了時間:12分

医師はどれだけのインパクトをもたらすことができるのか?

人助けをしたいと考える人の多くは医師になる。私たちがこのプロジェクトを立ち上げた初期の読者の一人であるグレッグ先生もまさにそうだった。彼は大学の出願書類に「私が医学を勉強したいのは、人助けをしたいという気持ちがあるからです。やりがいのあるキャリアを歩めるチャンスには逆らえません。」と書いた。

そこで、私たちは、医師になることで実際にどれだけのインパクトをもたらすことになるのか?グレッグ先生とともに調査することにした。

医師の第一の目的は健康を増進することなので、私たちは一人の医師が人類にどれだけの「健康」を寄与することになるのかを調べようとした。その結果、英国の平均的な医師は、キャリアを通して、寿命の延長もしくは健康全般の改善によって、患者たちの健康寿命を合計で約100年伸ばすことができることがわかった。もちろん、この数値には大きな不確実性があるが、実際の数値はこの10倍以上高くなることはないだろう。

健康寿命を30年間延長することは1人の命を救うのと同等であるとする(世界銀行を含む他の機関[1]に採用されている)標準的な換算レートを用いると、健康寿命を100年間延長することは3人の命を救うのに相当する。これは明らかに大きなインパクトだ。しかし、これは医師がキャリアを通してもたらすインパクトとして多くの人々が期待するものよりは小さいものになるだろう。

このインパクトが、あなたが期待しているものより小さいものとなるのには主に三つの理由がある。

  1. 医学が人々の平均余命を数年しか伸ばしていないということに研究者の大筋は同意している。過去100年間の平均余命の伸びのほとんどは、栄養状態の改善、衛生環境の改善、富の増加やその他の要因によるものだ。

  2. 医師は医療システムのほんの一部で、看護師、病院のスタッフ、経常経費や備品などに支えられている。医療介入によるインパクトの成果はこれらのすべての要素それぞれに共有される。

  3. とりわけ重要なのは、先進国ではすでに多くの医師が働いているので、あなたが医師にならなくとも、他の誰かが代わりに、治療の成功に不可欠な処置を施すことができる。したがって、新たな医師の追加は、より重要でなく、より確実性の少ない結果をもたらす処置を実施できるようになるだけなのだ。

最後の理由については、各国の医師がもたらすインパクトを比較する以下のグラフによって図説されている。Y軸は人口10万人当たりの不健康度を障害調整生存年数(DALY’s)で示していて、1DALYは不健康が原因で失われた1年に相当している。X軸は10万人あたりの医師の数を示している。

DALY:障害調整生存年数Doctors:医師の数10万人あたりのDALY数と10万人当たりの医師の数の関係性。2004年以降のWHOのデータを使用。図示されている線は、非線形最小二乗法によって決定された最もフィットする双曲線になる。全文説明はこの論文の草稿より。

図からわかるように、10万人当たりの医師の数が150人を超えると双曲線の曲がり具合がほぼ平らになる。この点を超えると(ほぼすべての先進国はこの点の条件を満たしている)、医師を増やしても、平均的してわずかなインパクトしかもたらすことができていない。

よって、アメリカやイギリスなどの豊かな国で医師になると、他の多くの仕事に就くよりはより多くの善いことができるかもしれず、もし突出した医師ならば、これらの平均よりもずっと大きなインパクトをもたらすことができるだろう。しかし、おそらくそれは巨大なインパクトにはならないかもしれない。

実際、次の記事では、大学卒であればほどんど誰でも、一般的な医師よりも、より多くの人の命を救うことができる方法について紹介していく。そして、残りのキャリアガイドを通して、善いことをしようとしているが、非効果的な試みに終わってしまう事例を紹介したいと思う。

これらの調査結果は、グレッグ先生が臨床医学からバイオセキュリティに転業する動機となった。その理由についても、残りのガイドを通して説明していく。

歴史上最も大きなインパクトをもたらした人は誰なのか?

一人の医師がどれだけの命を救うのかについてのこの意気消沈するような統計をよそに、これよりもはるかに大きなインパクトをもたらした医師もいる。歴史上最も大きなインパクトをもたらしたキャリアの事例をいくつか挙げ、そこから学べることについて考えてみよう。まずはじめに、医学研究についてみていこう。

1968年までに、ブドウ糖と塩を混ぜた溶液を、栄養チューブや点滴を通して投与すれば、コレラによる死亡を防げることが示されていた。しかし、依然として、毎年何百万人もの人々がこの病気によって命を落としていた。当時、デイビッド・ナリン先生は、バングラデッシュとブルマの国境にある難民キャンプで働きながら、この洞察をもとに、貧しい地方でも利用できる治療方法を確立した。彼は、研究の中で、適切な濃度で調製した溶液を正しい間隔で飲むだけで、栄養チューブや点滴を通しての投与とほぼ同等の効果が得られることを示した。

これにより、備品がなくとも、大変安価で広く流通している材料を用いて、治療を行えるということがわかった。

ナリン先生は下痢患者に塩と砂糖を混ぜた水を飲ませるというシンプルな工夫により、何百万人の命を救うことに貢献した。

それ以来、この驚異的にシンプルな治療方法は世界中で利用されるようになり、下痢による子どもの年間死者数は500万人から150万人に激減した。

研究者たちは、この治療法によって、現在までに5000万人以上の命が救われたと推定していて、そのうちのほとんどが子供の命だ。

もし、ナリン先生がいなかった場合、他の誰かがこの治療方法を発見したことに違いない。しかし、彼がこの治療方法の普及を5ヶ月早めたと仮定すると、彼の功績だけでも、約50万人の命が救われたことになる。これは大雑把な見積もりではあるが、彼のインパクトは普通の医師の10万倍以上ということになる。

Lives saved by: 救った命の数Doctor: 医師Dr. Nalin: ナリン先生

しかし、医学研究の領域に限ってみても、ナリン先生はインパクトの大きいキャリアの最も極端な例にはほど遠い。例えば、カール・ラントシュタイナーによる血液型の発見は、輸血を可能にしたことで何千万人の命を救ったという試算もある。

Lives saved by: 救った命の数Doctor: 医師Dr. Nalin: ナリン先生

医療の領域にとどまらず、このガイドで後ほど、巨大なインパクトを残した数学者Alan Turing、官僚のViktor Zhdanovの話を紹介する。

あるいは、より広く考えてみよう。ロジャー・ベーコンとガリレオは科学的手法の先駆者だ。今まで私たちが紹介した発見は、科学的手法がなければ不可能だった。また、産業革命など他の主要な技術的躍進もそれなしでは不可能であったと考えられる。これらの人物は驚異的な医師よりもはるかにの多くの善いことを行うことができたのだ。

人知れずあなたの命を救ったソ連の中佐

冷戦時にソ連軍の中佐であったStanislav Petrovの語について考察してみよう。1983年に、Petrovはソ連のミサイル基地で勤務中に、早期警戒システムがアメリカからのミサイル攻撃を探知した。公式のプロトコルでは、ソ連軍は反撃のミサイルを命ずることになっていた。

しかし、Petrovはそのボタンを押さなかったのだ。彼は撃たれたミサイルの数が、反撃を正当化する数としては少なすぎると考え、公式の手続きに違反した。

もし、彼が攻撃を命令していたとすると、何億人もの人々が亡くなった可能性が十分ある。この二国が全面的な核戦争に突入して、何十億人が亡くなり、文明の終焉を迎えていたかもしれないのだ。保守的な見積もりでも10億人もの命を救ったと彼のインパクトを定量化できるかもしれない。しかし、それはほぼ確実に過小評価だろう。核戦争が起これば、科学、芸術、経済、及びその他のあらゆる形の進歩が壊滅的な打撃を受け、長期的には莫大な数の命と幸福が失われたあろうと言えるからだ。

後ほど、このガイドでは、これらによる長期的な効果が、10億人の命を核による大惨事から単に救うことよりも極めて重要となるであろう理由を議論する。

しかし、たとえ低めの推算でも、Petrovが与えたインパクトは、ナリン先生やラントシュタイナー先生によるインパクトを凌駕する。

Lives saved by: 救った命の数Doctor: 医師Dr. Nalin: ナリン先生Petrov: Petrov

これらのインパクトの違いはあなたのキャリアにとってどのような意味を持つのか?

私たちは、莫大なインパクトをもたらしたキャリアをみてきていて、そのうちのいくつかは他のに比べて膨大なインパクトをもたらした。

そのうちの幾らかは運による。上記の人々は、適切なタイミングで適切な場所にいることで、そうでなければ得られなかったかもしれない大きなインパクトをもたらす機会を得ることができた。重要な医学的発見が得られる機会を保証することはできないのだ。

しかし、これらはすべて運であったわけではない。ラントシュタイナー先生とナリン先生はそれぞれ当時の彼らにとって最も有害な健康問題を解決するために、医療知識を活用することに決めた。そして、ソ連軍上層部の誰かが冷戦中に、武力衝突を回避することで、大きなインパクトをもたらす機会が生じることは予測できたことだった。

では、これはあなたにとって何を意味するのだろう?

人々はよく、「どうすれば変化をもたらすことができるのか?」と考える。しかし、あるキャリアが他のキャリアに比べて、何千倍も大きなインパクトを与えることになるということであれば、これは適切な問いではない。ある二つのキャリアにおいて、それぞれのキャリアはどちらも良い変化をもたらす。しかし、一方のキャリアがもう一方に比べて、はるかに大きな変化をもたらし得るのだ。よって、むしろ重要な質問は、変化をもたらすための最善の方法は何か?である。つまり、どうすれば大きなインパクトをもたらすキャリアを獲得できるのか?ということだ。大きなインパクトをもたらすキャリアが非常に多くのことを成し遂げているからこそ、その可能性をわずかでも向上することは大きな意味を持つ。

上記の事例はまた、最も大きなインパクトをもたらすキャリアパスは最も明白なものではないかもしれないということを示している。ソ連軍で将校になることは利他主義者を目指す人にとって最善のキャリアであるようには思えない。しかし、Petrovは私たちが最も賞賛するリーダーよりも、より多くの善いことを行ったと言えるだろう。そして言うまでもなく、最も優れた医師がもたらす変化とも比べものにならないだろう。

大きなインパクトをもたらすためには、少し型破りなことをする必要があるかもしれない。

では、もしあなたがやりがいのあることをしながら努力すれば、どれだけのインパクトをもたらすことができるのだろうか?大きなインパクトをもたらすことは簡単ではないが、その可能性を高めるためにできることはたくさんある。それらについては、これからいくつかの記事を通して、取り上げていく。

しかし、まずはじめに、「変化をもたらす」ことが私たちにとって何を意味しているかをはっきりさせよう。私たちはこれまで、救うことができた命の数について話してきたが、それはこの世界で善いことを行う唯一の指標であるわけではない。

「変化をもたらす」とは何を意味するのか?

誰もが「変化をもたらす」、「世界を変える」、「善いことをする」などと口にしている。しかし、それらが何を意味するかについて定義する人はほとんどいない。

ということで、以下が定義となる。あなたのソーシャルインパクトは以下のように算出することができる。

あなたが長期的に、生活を改善する他者の数、そしてどの程度その人々の生活を改善することができたのか。

これにより、ソーシャルインパクトを向上する方法が三つあるということになる。

  1. より多くの人を助けること。

  2. 同じ人数をより大幅に助けること(以下の図をご覧あれ)

  3. より長い期間にわたって効果がある助けをすること。

私たちは、最後の選択肢が特に重要だと考えている。なぜなら、私たちの行動は将来の世代に影響を与えるからだ。例えば、あなたが政府の意思決定を改善することができれば、短期的には測定可能な結果が出ないかもしれないが、長期的には他の多くの問題を解決することになる。

Two ways to have more social impact: より多くのソーシャルインパクトをもたらすための2つの方法Degree of improvement: 改善の程度Number of people helped: 助けた人の数Helping people to a greater degree: 人々をより大幅に助けるSocial Impact: ソーシャルインパクトHelping more people: より多くの人を助ける

なぜこの定義を選んだのか?

私たちの定義に関する別の記事を用意しているが、ここでは、いくつかの要点を紹介する。

世界をより良い場所にするということの定義は人によって異なるだろう。しかし、ほとんどの人々は、人々がより幸せで、より充実した人生を過ごし、潜在能力を発揮するのが良いということには同意している。よって、私たちの定義はこれらの考え方に沿うように落とし込まれている。

さらに、これから示すように、いくつかのキャリアは他のキャリアに比べてより多くの人の生活を改善することにつながるので、選択肢間には重要な違いがある。もし、いくつかのキャリアがほとんどインパクトをもたらすことがない一方で、その他のキャリアが何百人の命を救うことにつながるのであれば、それらは重要な違いとなる。

しかし、この定義は世界をより良い場所にするための多種多様な方法をカバーできるほど広いものとなっている。環境を悪化させてしまうと、未来の文明は脅かされる可能性があるので、この定義は環境保護の問題もカバーできている。実際、環境を保護することは人々の生活を向上することにつながる。

重要なこととしては、対象範囲を広くすることで、人間以外の動物や完全にデジタルかもしれない未来の意識のある存在なども含むことができる。また、それは私たちが工場畜産、アニマルウェルフェア、及び人工意識についての概略をまとめている理由でもある。

とはいえ、この定義は重要なものすべてを含んでいるわけではない。たとえそれが人々の暮らしを向上させるものでないとしても、環境は保護されるべきだと考える方もいらっしゃるかもしれない。また同様に、正義や美などを、それら自体が純粋に重要な価値であるとみなす方もいらっしゃるかもしれない。

実際には、読者の皆様はさまざまなことに価値を置いている。私たちのアプローチでは、まずどうすれば人々の生活を向上できるのかに焦点をおき、それから、それ以外の価値観については、人々が自主的に重要な価値を考慮できるようにしている。より簡単に説明すると、私たちは私たちの活動の基盤となる価値判断をはっきりさせようとしている。結果的には、さまざまな違いがある中でも、一般的にどうすれば善いことができるかについて主張できることは多々あることがわかった。

ソーシャルインパクトをどのようにして測ることができるのか?

私たちは常に、様々な行動がそれぞれどれほどのインパクトをもたらすのかについては不確実だと考えている。しかし、確率を使うことによって、比較することができるので、それで良いのだ。例えば、90%の確率で100人を助けることができるというのは、100%の確率で90人を助けることができるのと同等だ。不確実ではあるが、私たちは不確実性を数値化することで前進することができる

さらに、不確実性に直面しても、経験則を用いて、様々な行動方針を比較することができる。例えば、キャリアガイドの後半では、他のすべての条件が同じだと仮定すると、見過ごされている領域で活動することがより大きなインパクトにつながると論じている。したがって、ソーシャルインパクトを正確に測ることができなくとも、私たちは見過ごされている領域を選ぶことで、戦略的な行動をとることができる。今後の記事で、引き続きあなたのインパクトを高めるためにさらに多くの経験則を紹介していく。

重要なのはソーシャルインパクトだけなのか?

いいえ。

私たちは倫理学における究極の真実を知ってはいないものの、現実の世界ではインパクトだけに集中するのではないことが大変重要だと考えている。

とりわけ、一般的には、善良な人格を持って行動し、他者の権利や価値観を尊重し、自分自身が持つ価値観に注意を払うことが、ソーシャルインパクトという観点から考えても、良いと言える。

私たちは、常識的な観点から考えて、非常に間違っていると思えるようなことをすることを推奨していない。たとえそれにによって、より大きなインパクトをもたらすことができるとしてもだ。

ソーシャルインパクトの定義については以上をご覧あれ。

では、どうすればキャリアを通して人々の生活を向上できるのか?

次の記事では、どのような大学卒業者であっても、就く仕事に関わらず、どうすれば大きなインパクトをもたらせるのかについて取り上げていく。その後、あなたがインパクトをもたらすために潜在能力を発揮できるように、どのように仕事を選ぶべきなのかについて特集する。


脚注

  1. 本文中の注に関しては原文を参照してください。


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