もしも大手回転寿司チェーンがJAZA(日本動物園水族館協会)に加盟したら
大手回転寿司チェーンの名物社長はひらめいた。
「うちは水族館と呼んでも差し支えないのではあるまいか?生け簀もあるし」
魚の品揃えはそこらへんの水族館に負けない自信はあるし、年間来店者数は国内全ての水族館を足し合わせたほどのポテンシャルを持っている。
地方の小さな水族館の年間予算なぞ、初競りの大間産クロマグロのご祝儀価格にも及ばない。
日本最大、いや世界最大の水族館チェーンを名乗れるのではないだろうか?
水族館王におれはなる!
急に思いついた名物社長はオレンジのネクタイを締めなおすと、さっそくネットで組織調べをしてみた。
水族館が所属する団体には、一般社団法人日本水族館協会(JAA)と、公益社団法人日本動物園水族館協会(JAZA)の2つがあるらしい。
どちらにも加入している水族館もあれば、どちらかだけの所もあるようだ。もちろん、どちらにも所属していない水族館もあるようだが、日本一を目指すのであればどちらかのリーグに所属すべきだろう。
よし、どっちかに入ろう。
名物社長はまずJAAについて調べてみた。
会員になるには資格があるらしい。
どうやら「展示施設の半分以上の規模で、生きた水生生物を教育的配慮に基づき、積極的に公開展示及び解説を継続的に行う施設」で、なおかつ「水生生物の販売を主たる事業として店頭にて陳列販売する施設以外」でなければ入会できないらしい。
うーむ。名物社長は丸い頭を抱えた。
店舗の半分を生け簀にして、なおかつ生け簀の魚は売らない、というのはちょっとしんどいぞ。だってうちは回転寿司屋で、水族館じゃないからなあ。
名物社長は本末転倒なことを考えながらガッカリした。
しかし、そこは名物社長である。メンタルの立ち直りは早い。
すぐにもう一つの団体、JAZAについて調べる。
JAZAは「ジャザ」と読むらしい。何となくスター・ウォーズに出てきたジャバ・ザ・ハットを彷彿とさせる。
見た目がわりとジャバ・ザ・ハットに似ている名物社長は、まだ見ぬJAZAに親近感を覚えた。
この協会には動物園と水族館が所属していて、特に加盟のための施設規模などは書かれていない。やったぜ。
しかし、動物園や水族館には4つの目的があり、それを活動目標にすることが求められるらしい。
魚飼ってるだけじゃダメなのか。
なるほど、営業形態ではなく義務目標か。
⓵種の保存
⓶環境教育
⓷調査研究
⓸レクリエーション
これらを満たして年会費を払えばJAZA加盟水族館として活動してもいいらしい。
名物社長はすぐに動いた。
まずは、お馴染みの店名を少しいじって「すしJAんZAい」に変更した。
すしじゃんざい。語呂もいいじゃないか。
社長は両腕を広げたキメのポーズをしながら、姿見の前で「すしじゃんざい!」と叫んでみた。
とてもしっくりきた。
そして名物社長は、回転寿司こそは4つの目的すべてを満たす水族館であると直感した。
⓵種の保存。これについては自信がある。
そもそも、名物社長は自らの足で世界中を巡り、新たな漁獲地と魚種を開拓し続けた過去がある。国際的な漁獲枠を遵守することはもちろんだが、途上国への技術提供も惜しみなく続けてきたつもりだ。
名物社長は、かつての経験と人脈を活用し、さらにフェアトレードの促進によるSDGsに配慮した仕入れ網を構築し直すことにした。
⓶環境教育。回転寿司店は生物多様性を最も感じられる場所なのではないだろうか。
そして「五感で楽しむ展示」というのはよく謳い文句であるが、味覚で勝負している水族館はほとんどないじゃないか。
香りや歯ごたえ、味わいで生物多様性を実感し、楽しむことができるのは最大の強みである。
まさに生態系サービスを体感できるお寿司をテーマとした水族館、それが回転寿司である。
さらに名物社長は、お寿司を注文するタッチパネルにも一工夫を施した。短いながらも学術的な解説を付け足したのだ。
もちろん生態学や分類・分布の話だけではない。文化的な人との関わりや、世界各地での料理方法など多彩な切り口で、お食事をしながらの話題提供にもなる楽しい内容として、どの魚も生物多様性の産物であり、次世代に引き継いでいくことの必要性が自然と伝わるように工夫した。
名物のマグロの解体ショーにも環境教育の要素を追加し、名前を「おさかなガイド マグロ解剖学入門」とした。
ヘッドセットマイクをつけた寿司職人が、大間産のマグロの生態や体のしくみ、人との関わりの歴史や保護問題についてお話しながら大包丁を振るい、大トロや中トロ、赤身と切り分けていった。無論、観客数はそこらの水族館の比ではない。
⓷調査研究。寿司のための魚の研究部署はすでにあったが、名物社長はこれを魚類資源全体の保護にかかわるセクションとして拡大した。養殖事業部での繁殖研究と、その基礎となる生息地での繁殖生態の研究である。
名物社長は、さらに素材開発による地球環境保全の研究にも意欲的に取り組むことにした。
お持ち帰り寿司用のバランの素材も、海洋プラスチック汚染問題を意識し、間伐木やモウソウチクを再利用した紙製に変えた。
炙りメニューに使うガスバーナーも温暖化に配慮して廃止し、バイオエタノールを使うことにした。
最後に⓸レクリエーション。これは回転寿司の得意分野である。はたして回転寿司に来て楽しくない来館者がいるだろうか?なおかつ年間訪問回数だって普通の人なら年1~2くらいだが、回転寿司なら月1程度であろう。リピーター率はえげつない。
かくして名物社長は、水族館を目指した結果として、毎年数億円をはたいてマグロの初競りで社名をアピールしていた頃よりも多くのファン層を獲得することに成功した。
JAZAに加盟したことを契機としてもともと大きかった会社は急成長を遂げ、全国から優秀な人材が集まり、全都道府県に支店を持つかつてない規模の水族館として君臨したのである。
名物社長の夢は現実のものとなった。
加盟からわずか5年にしてJAZAの会長となった名物社長は、今日も生物多様性の恩恵に感謝しつつ、水産資源、しいては海洋生物との共生とワイズユースを訴え続けるのであった。
すしじゃんざい!
おしまい。
※本稿には「JAZAの4つの役割」の曖昧さに対する皮肉や風刺やアンチテーゼは一切含んでおりません(笑)