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【大人のファンタジー小説】マッチ売りの女の子(第一話)

【あらすじ】
クリスマス・イブの夜、雪が降りしきる横浜伊勢佐木町の商店街で、一人の女の子が大きな炎が上がることが特徴の黄リンを使った摩擦式マッチを売っていました。フリーランスのイラストレーター石川梨々子(いしかわ りりこ)は少女から6,000円でマッチを一箱購入します。商店街から外れた福富町仲通りのビルとビルの谷間に入り込んで、ビルの壁でマッチを擦ると、そこに現れたのは…。ファンタジー小説は中高生など若年層がターゲットのものが多いようですが、大人向けのファンタジーがあってもいいかもしれないと思って書いた大人世代に向けてお届けするローファンタジー小説です。

Part1 イセザキ・モールの片隅で

 それは横浜・伊勢崎町の商店街、イセザキ・モールが一年で最も賑やかになるクリスマス・イブのこと。朝から小雪がちらほらと舞う、それはそれは寒い日でしたが、通りを行き交う人はみな着飾り、表情は華やいでいます。
 あたりが薄暗くなるとイルミネーションが点灯され、ハートの形をした真っ赤な光と、雪の結晶の形をした白い光が通りを彩ります。夕暮れどきともなりますと、いよいよ雪が降り始め、親に連れられて、この通りにやってきた子どもたちは、みなたいそうなはしゃぎようでした。
 
 イセザキ・モールのなかほど、有林堂(うりんどう)書店本店の8階建て自社ビルの脇に女の子が立っていました。手にはマッチの入ったカゴを持ち、ときどきか細い声で、
「マッチはいりませんか?」
「マッチはいかがですか?」
と誰に話しかけるでもなく、独り言のようにつぶやいていました。
 けれども街を行くほとんどの人は女の子には目もくれません。ときおり
「コスプレーヤーってやつか。インスタに載せるんでしょ。それともコスプレ系ユーチューバーなの? カメラどこどこ?」と物珍しそうに立ち止まる人や、
「そのマッチは3万円くらいかね? でもあんた、どう見ても18歳以下だね。そりゃヤバい。手が後ろに回っちゃうからやめとくよ」と言ってくる人もいました。なかには「マッチって何?」と親に尋ねる幼い子もいました。
「棒から火が出るらしいけど、ママも一度も触ったことないわ」と若い母親は答えました。
 
「一箱いくら?」
 女の子の背後から声をかけてきたのは、茶色いボアフリースのコートを着た中年の女性でした。有林堂8階のギャラリーで開催されている『マキ・ハヤシダ 有林堂オリジナルイラストカレンダー発売記念 原画作品展』を見てきた帰り、ビルから出たところでマッチ売りの女の子が目に飛び込んできたのでした。
「6,000円です」女の子が答えました。
「高っ」食い気味に中年の女性の口からストレートな感想が漏れました。
「でも、このマッチは特別なマッチなんです。どこにでも売っている赤リンを使っている安全マッチとは全然違って、これは黄リンを使った摩擦式マッチで、昔と同じ製法で作っているんです。壁や床に擦りつけただけで火がついて、大きな炎があがるんですよ」女の子はマッチのカゴに目を落としたまま、女性を見るでもなく小さな声でそういいました。
 中年の女性は「ふーん」と鼻で笑いながら、金色の打出の小槌のチャームがぶら下がった合成皮革製の黄色い財布を取り出すと、中から5,000円札と1,000円札を抜き出して女の子に渡しました。
「ありがとう」、女の子がそう言ってマッチを手渡すと、中年の女性は肩に掛けていたレスポートサックのトートバッグのなかに、そそくさとマッチをしまい、足早に立ち去っていきました。
 女の子は瞬きもせずに小さくなっていく女性の後ろ姿を見つめました。長いエクステのまつ毛に雪が一粒また一粒と積もります。

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門





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