
【炎上商法をしてきた私の現在】インプットをしながらアウトプットをするということ
私は今年、2025年1月からnoteを始めた。急遽生活費の足しのために行おうと感じたからだ。私は今年4月に引っ越しをするという予定を控えている。私は現在20代前半で実家暮らしなのだが、一人の弟が北海道へ進学することになっていて、家族がバラバラになる感じだ。今のところ残った親はその親の実家で暮らす予定だ。ここまでのライフスタイルの変化はそうそうない。
その来るべきXデーに備えて、私は新しいことをしてみようと感じた。さらに、去年の地雷系ブームが一段落したり、「界隈」という言葉が私の脳内で爆発的に大きくなったりして、意識の変革も依然として大きい。そして、本格的に読書をしてから10年という月日が経つ。そんな中、インプットを続けるかアウトプットを続けるかで少し迷ったが、とりあえず今アウトプットから始めてみようと感じた。
本当はインプットをするという選択肢のほうがいい気がするが、人生の分岐点ともいえるので、やるだけやってみようと思ったからである。そして何より、一人暮らしを目指していきたい。税金や社会保険の問題だってある。今まで逃げに逃げ続けてきた。
今だって予備のお金を含めれば全然お金がない。しかも正月はすごく暇。アルバイトだって年明けから情勢が一気に変わる。別の部署に配属される可能性も大きい。業務量が少なく、場合によっては休みになる可能性すらある。そんなわけで、今死に物狂いでPCを打っている。実はPCを打ったのも久しぶりだ。1年ぶりくらいだろうか?データサイエンス学部に入ってプログラミングをするために買ってもらったもので、その道はほぼあきらめているので、使う機会もなかった。
ただ、PCはとにかく打ちやすい。ここまで早くnoteの記事が書けることを誰が予想できたであろうか?(自分の中で)最短1時間で3000字の一記事が出来上がる。まるで気分はライターだ。ただ、私はまだまだインプットをした気分もあるが。お金のために行っているにすぎず、本当はもっと興味のある人と話すことをしてみたい。今までは地雷系音楽然り、ただひたすら何かにはまることに忙しくてそれを考える余裕すらなかった。今はひと段落ついたとはいえ、まだまだカオスであると言える。
もしかしたら、今のこの作業はインプットの流れの小休止の時間で、これらのnoteの売り上げ次第でまだ私の人生が変わっていくかもしれない。ひと段落したとはいえ、まだ全然気持ちの整理ができていない。
ただし去年の冬頃から、お金の問題について真剣に考えていたのは確かだ。その当時は予備のお金すらなく、ストレスがすごく溜まっていた。寝不足などが重なったりすると、朝のストレスは半端ない。会社の即給サービスを使うと、1回につき500円超の手数料がかかるし。しかもそれで貰える金額は「給料(交通費抜いて!)」の半分。ただでさえ交通費が1500円もかかり、さらに眠くて新幹線通勤したり朝食をコンビニで買っている私としては、毎回毎回即給サービスを利用しなくてはならず、相当なストレスになっていた。
朝は顔が全然イキイキしておらず、何をしても辛い。当然、頭もぼーっとして、好きな人には見せられない感じだ。夕方になればまた変わるが、連日残業続きでそれはそれで大変な感じだった。帰りも新幹線を用いるから、必然的に普段と比べて1000円は使う(即給サービスは給料の半分なので2時間働かないと収支が合わない計算だ)。
土日もひたすら家にいるとか、近場で済ますとか、それくらいしかできない。まぁそれはそれでいい経験にはなったとは思う。家にいても夢中になれることもあるし。また少し前まで読書を非常に集中して行っていて、とにかくはまっていた感じだ。
去年の終わりにたまたまふらっと書店に立ち寄り、noteの攻略本を買った。ブログの攻略本やTikTokの攻略本は買ったことがあるのに、noteに今まで手を付けなかったのはちと不思議だ。今までnoteは自己流で行っていて、ほとんどは書いて1日で消した覚えがある。その本曰く、1日で大量に記事が購入されることがあり、月5万以上は稼げるみたいなので、結構な関心を持った。
noteに関してはジャンルの選定が一番重要だと言われている。そして、何がいいかは読者が決めることであって、自分には永遠に分からないそうだ。私はゲーム感覚でこの正月にnoteに取り組んでみようと思う。加えて、宣伝できるところには宣伝してみたい。せっかく今まで炎上商法してきてそれなりに注目されていたのだから。
ただし繰り返し述べるが私はお金の稼ぎを第一に考えていて、ブログを書くのはやや不本意という感じだ。まだ私自身のインプットがまとまり切れておらず、何をして生きていくべきか全く想像ができない。とにかく今やや苦しいのである。世界観も含めて。
何度も書いたが東京・スピリチュアルは界隈化が激しく、界隈が違うと口すら利かないという徹底ぶりだから、セカイがおかしくなったのではないかとすら思う。もちろんこれは表現としては極端かもしれないが、「界隈」という言葉が社会でこれほどまで大きくなったのは生きてきて初めてだ。社会学的に、文化人類学的に、進化の過程としてはたぶん正しいのだと思う。
例えば今まで渋谷や原宿、東急線沿線ばかりが注目されていて埼玉のほうが差別されていたり(都心からの距離や都会か田舎かを論じるまでもなく、ただただ絶対視されていた時代)、アセンションや二極化、反ワクなどインディゴチルドレンが好きそうな用語ばかりがスピリチュアル市場を席巻していたのを考えると、分化、界隈化はある意味当然と言える。
ただし、今後は秩序が再構成されることを願ってやまない。本来、可愛さやスピリチュアルな波動は同じ一つの言葉で括られているのだから。
結局何をしたらいいのかは私は全く分からない。それはきっと世界も同じだろう。できるとしたら、ただひたすら好きなことに熱中して何とか耐えるといったところだろうか?
私は昨日からnoteを1日につき3記事書くようにしている。テーマの設定で今試行錯誤中だ。上手くいけば万単位のお金をもらえるそうなので最低でも10記事は続けてみようかと思う。ちょうど今年初めての平日となる1/6までじっくりできることになる。閲覧回数は今のところ一桁だが、果たして3桁、4桁に行くことはあるだろうか?ただひたすらに昨日今日と数字に命を懸けている。
1/5は予定があるので時間的にも1記事しか書けない。となると明日また3記事を書く。休みや余裕を入れて1日4時間、座ってPCに文字を打ち込む時間を設ける。その間にもインプットは続ける予定なので、何とか人生は前に進ませることも可能だ。
また今年は池袋駅前がヨドバシカメラになったりと、話題性に欠かせない年になることも予想される。大阪梅田のように一気に都会度を増す可能性だってある。西口・東口ともに再開発の計画も進行中だ。西口や東口の駅前はかなりしょぼく、二流感がすごくあったので、大規模な再開発に非常に期待している。
また新宿の地雷系は曲を中心にどうなるのか注目したい。スクールカーストでいえば中の下で、雰囲気的に私の好きな人と同じだ。外向・内向といった性質は正規分布の上に乗るので人間の本質でもあり、今後さらに発展していってほしい。
渋谷も再開発が盛んで、再開発が終わる2030年にはスクランブル交差点の上空広場ができたり、宮益坂側にバスターミナルができたりと、非常に様変わりすると思う。界隈文化だから全国民には支持はされないとは思うが、その中でお洒落な上流階級を中心としてうまく界隈トップの位置に居座り続けるのだろう。
とにかく、熱中できるものをずっと追いかけていきたい。