【電力小説】第3章 第7話 フォントの罠
佐藤スズは、電気所内保護継電器の整定計算を任され、慎重に作業を進めていた。
数字の計算が正確であることはもちろんだが、スズが気にしていたのは、計算結果を伝えるための「表記」だった。継電器の設定値を間違えると、誤動作や誤不動作が発生する可能性がある。その恐怖を知る森重主任は、スズにこう言っていた。
「計算が正確でも、設定が間違えられたら意味がない。現場で数字が間違いなく読まれることが大事なんだよ」
スズが使う計算書は、社内で開発された専用のソフトウェアが自動的に生成する形式だ。数字が明瞭に表示されるとされていたが、スズはそのフォント「SimpleLogic」に、少し引っかかりを覚えていた。このフォントは省スペースで数字を表示するのが特徴だったが、「5」と「6」がやけに似て見えるのだ。
(まあ、森重主任が最後にチェックしてくれるし、大丈夫だろう)
そう考え、スズは計算書を主任に提出した。主任は数字を確認し、「問題ない」と判断。現場での整定作業は同僚の青木に託された。
翌日、緊急事態が発生した。
「佐藤さん、継電器が誤動作して、隣接設備が切れちゃいました!」
現場から駆け込んできた青木の顔は青ざめている。誤動作によって負荷が予期せず遮断され、作業が全面的に止まってしまったという。
スズと森重主任が現場に駆けつけると、ログデータに誤設定の痕跡が残っていた。スズは自分の計算に誤りがあったのではないかと不安になりながらも、計算書を現場の設定値と照らし合わせた。
「設定値が違う……でも、計算自体は合っているはずだ」
スズは計算書の数字と現場の設定値を見比べた瞬間、原因に気づいた。問題は「SimpleLogic」フォントだった。計算書の「5.0」が、青木には「6.0」に見えていたのだ。この誤読により、想定よりも高い値で設定が行われ、誤動作につながったのだった。
「フォントのせいで読み間違えたんだね……」
青木が肩を落とす。スズは主任に報告し、森重主任も「盲点だったな」と静かに頷いた。
その日の夕方、スズは改良案をまとめた提案書を作成した。フォントを変更することで誤読を防ぎ、さらに設定値を複数人で確認する新しいプロセスを追加する内容だ。
翌週、提案が承認され、新しいフォント「ClearNumeric」が導入された。これにより、「5」と「6」のような紛らわしい数字の形状が明確に区別されるようになった。
「数字は、正しいだけじゃなく、正しく伝わらなきゃいけないんだ」
スズはその経験を胸に刻み、次の整定計算にもさらに慎重に取り組むことを決意した。