ほこりの舞う夕方に

幼い頃の記憶。私は居間の窓際に座っている。薄緑色のカーテンの隙間から、夕暮れのオレンジ色の光が部屋に差している。ゆったりとした時間の中で、私の心も凪いだ海のように穏やかで、満たされている。
何も考えなくていい。いや、考えるということさえ意識しない。世間をまだ知らぬ私の世界は、今ここに在り、感じ取れるものが全てなのだから。
台所では、母の包丁で野菜を切る音がして、だしの良い匂いが漂っていただろうか。もうすぐ仕事から帰る父の姿を、私は書斎の窓から見るだろうか。そして、あの菓子屋のガラス窓の向こう、小さく、小さく見えた父の姿に、大きく手を振るのだろうか。
あったかもしれない記憶と混ざり合う、オレンジの柔らかな光。あるのはただ、その光に照らされて舞うほこりの綺麗だったという、幼い記憶だけである。

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