虚無の夜

彼には友達がいなかった。だから、休みの日に外に出たところで、会う人もなければ行く当てもなかった。部屋にこもり、暗い女性ボーカルの音楽を流しながら、彼はただ虚無の夜が過ぎ去るのを待っていた。
その日も眠るまでそうしていようと考えていたのだが、午前0時を過ぎたころ、彼はふと近所にカラオケ屋のできたことを思い出した。特に歌いたい歌もなかったが、気まぐれにまかせて行ってみようかと思った。
彼は玄関に向かい、ドアを開けた。生ぬるい空気が彼を包む。盆をとうに過ぎていたが、一向に暑さが和らぐ気配はない。
ほどなくして彼は、まばゆい水色のネオンに照らされた建物の前に立っていた。受付では大学生風の若い男が、いかにも気だるげな様子で彼を迎えた。一通りの手続きを終えた後、若い男は「203号室へどうぞ」と無造作に伝票を渡した。
通された部屋で彼が歌ったのは、どれも十数年前に流行った曲だった。最近の曲はあまり知らないし、歌いたいとも思わなかった。おそらく彼の時間は随分前に止まっていた。止まった時間の中で、ただ同じ場所をぐるぐる回っているに過ぎなかった。言うなれば、藻のこびり付いた水槽に入れられた観賞魚のように。


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