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「ダイバーシティいしのまき」のまちづくりへ
福祉分野での就労支援の始まり
当時、教育分野から福祉の世界へ飛び込んだのは、入校してくる生徒の中にメンタルヘルスを崩してしまう生徒の存在を知ったことにあります。彼らは、就職が困難となり卒業しても無業者のままひきこもりとなってしまう、、そういった背景から就労支援を意識するようになり、当時まだ多くの取り組みのなかった「職場適応援助者」いわゆるジョブコーチとして、企業の障害者雇用に関わる定着支援のサポートをしてきました。
その頃の障害者の仕事は、ほとんどが製造業、もしくは清掃業であったため、サービス業などに就くことは皆無であったのです。特に精神障害者の雇用においてはほとんどの企業では雇用を考えてはくれませんでした。
その後、若年層の心の病いのリスクが非常に高いことを知ったことから、若年層の早期支援・早期介入をする就労支援の団体を立ち上げ、障害福祉サービス事業所の認可を取得し、就労移行支援事業所としてスタートを切りました。ところが、大学4年生で就職活動に困難を抱える心の病いの若者が相談に来たが、当事業所へ通所することはできないと行政から断られ、厚労省本省へ直談判し相談をしたことがあったり、18歳未満で高校を中退し、所属がなくなった若者からの相談を受けるようにもなりました。それから大学生であっても18歳以上であれば、障害福祉サービス受給者証を取得し、移行支援事業所で就労支援を受けることができるようになりました。また、障害者手帳を持つ当事者は、企業の法定雇用率に適用されるため、特に法定雇用率の未達成の大企業が、手帳を持つ当事者の雇用に努めていました。
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一方、雇用形態は脆弱でした。当時はほぼ100%が非正規雇用の1年契約、時給は最低賃金のため、皆が1年後に更新してもらえるのが不安を抱えたまま働いていた方が多かったのです。リーマンショックや、新型コロナウイルス感染症の影響で、雇い止めになるのはいつの時代も彼らからであったと記憶しています。
ある時、20代の若者からこう言われたことがいま、私が解決したい課題の一つとなっている。「自分が社会の一員になれたと思えるのは、納税者になったときだ」この言葉がずっといまでも忘れられずにいます。
Social firmソーシャルファーム
2016年に、石巻を拠点に農業を軸とする就農支援の一環として、一般社団法人イシノマキファームでの活動をスタートしました。持続可能な運営と専門職配置による安定さを考えると障害福祉サービス継続A型やB型という選択肢はあったのですが、それを選択しなかったのは、2016年につくばで開催された「ソーシャルファームジャパンサミット」に参加したことだった。フランスのジャルダンドコカーニュの活動を知り、代表のヘンケルさんに出会い、このソーシャルファームのスキームでチャレンジしてみたいと思ったからでした。社会的に不利な立場にある人々の生き方や就労をビジネスの手法で支えていくことを実現していきたいという理念に共感し、これを実現したいと思いました。さらに、同一労働条件、同一賃金を目指していくことも目標でもありました。
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日本社会は、30年以上前から「同一労働条件、同一賃金」を掲げて議論しているがいまだに実現されていない状況です。例えば、EU諸国では、フルタイム社員とパートタイム社員が同じ仕事をしている場合、1時間あたり同じ賃金を支払う「均等待遇」を「EU指令」によって加盟国に義務付けています。 またドイツでは、パートタイム労働者の時間あたり賃金がフルタイム労働者の8割となっています。 フランスでは9割とほぼ正規雇用者に近い水準と言えます。
その一方で日本は、国の障害者の法的雇用率が2.4%から2024年度には2.5%へ引き上げられ、さらに2026年には2.7%になる社会的背景から、いわゆるグレーゾーンといわれる受益者は、障害者手帳を持っていない、もしくは一般就労を目指したいのであえて持ちたくないという層の人々にとって、数の原理で雇用の後回しになる可能性もあると危惧しておりました。
就労支援から雇用創出への苦悩
私たちは、はじめに中間的就労支援からのステップ雇用を目指し、当時被災者や生活困窮者、ひきこもりの若者や障害者などごちゃまぜのメンバーで農作業をしながら、彼らのリカバリーへの道をサポートしてきました。
「ストレングス視点」で本人の強みを尊重し、それを活かした作業工程を踏んでいく過程は彼らにとって得意を仕事にできるという自信にもつながっていきました。いわゆるジョブ型のスタイルで職名を持ちながら働くスタイルに似ています。
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近隣の高齢農家さんへのお手伝いへ行くと、「ありがとう」「助かりました」の感謝の声をかけてくれることで「こんな自分でも役に立つことがあったんだ」とエンパワーメントしていく様子を何度も見てきました。その後、地元の農業生産法人へ就職したり、企業への就職が決まったりと順調に支援は進んでいるようにも見えました。法人での事業収益は、まだまだ道なかばであるため、雇用創出をしていくことも目標としてきた「ソーシャルファーム」とは言えない状況にありました。
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2016年から栽培をはじめた石巻産ホップは順調に栽培面積を伸ばしていましたが、大きな収益には至っていない状況の中、当時委託醸造でクラフトビールの販売を細々としてきた事業を、自社醸造で雇用を促進させていかなければという思いも強くなっていました。
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ある日、石巻市内の旧映画館が売りに出されていることを知り、何度も物件をみにいきました。天井の高さやまちなかの情景を思い描き、ここで自社醸造をとの思いが強くなり、地域の不動産会社の社長に思いと伝えたところ、なんと資金調達まで待ってくださったのです。それ以降、猛進の気持ちで補助金申請や助成金申請など翻弄してきました。さまざまな方々の支えとサポートがあったおかげで無事に補助金が採択になり、金融機関からの融資も、市街地のまちづくりに寄与してきた当時の支店長が、醸造の経験のない私に融資を実行してくれたことに感謝の気持ちでいっぱいでした。多くの人々から信頼と思いを託してくれたことへの恩返しをしなくてはならないと心に刻んで、「多様性を認め合う社会」を少しでもこの石巻で進んでいくことができるよう努めていきたいという思いは大きくなっていくばかりでした。
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出会いからの躍進
2023年5月、以前国内留職プログラムでお世話になったN P O法人クロスフィールズの取り組みに手を挙げました。企業とNPOが役員レベルで人材交流する「ボード越境イニシアティブ」で名だたるビジネスセクターの方々などとのマッチングイベント、そこで出会った、VCの佐藤真希子さんにプロボノでサポートいただくご縁をいただくことになりました。
佐藤さんは「障がいの有無に関わらず、就労が困難なすべての人の可能性を拓きたい」という私の目指していることに共感してくださったことで、彼女の人柄にも惹かれ、サポート受けながら共創できることを考えてみたいという思いで新たな取り組みに向けてスタートしました。
問いを再考する
私が本当に解決したい社会課題は何か?誰が困っているのか?どこが問題なのか?佐藤さん(以降さとまきさん)からたくさんの問いを投げかけられ、たくさんの壁打ちをしてもらいました。ソーシャルファームや同一労働条件同一賃金の実現のために、いまやるべきことは何か?が全く抜けていたことに気づかせてくれたことは、福祉分野や支援という枠組みのフィールドで課題解決しようとしてきた自分への問いでもありました。
さらに、日本の労働人口の5人に1人の1,700万人以上の人々が、就労困難者と言われている(2019年日本財団の調査による)中、私たちは障害者もそうでない人も、ともに働く社会をどう目指しどう進めていくべきをか悩み続けていました。
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原点回帰
私が、福祉分野に携わるようになってから20年が経過したいま、再び企業側に立ち戻り雇用創出のために何かできることはないかと考え始めていました。持続可能な取り組みに経済合理性は不可欠なのか?など思い悩む日々が続きましたが、社会性(一般社団法人イシノマキ・ファーム)と経済性(株式会社)の両輪で支える仕組みで地域の強みを活かした活動を加速させていきたいとの思いから、2024年4月に、株式会社each×other(イーチ・アザー)を醸造部門を一般社団法人と分社化し、スタートしました。
社会的企業(ソーシャルエンタープライズ)として、これからがスタート地点に立ち、原点回帰の思いで労働市場の中で、私が20年以上課題感を持って活動をしてきた「労働の平等性と人権」に対しても、諦めずに活動を続けていきたいと考えております。そのためにも、共感を持ってくださる多くのステークホルダーの方々の応援も必要としております。
「ダイバーシティいしのまき」のまちづくりへの応援をどうぞよろしくお願いします。
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