西加奈子『i』
「この世界にアイは存在しません。」という、数学の教師の虚数iについて語った言葉からはじまる小説です。
主人公はワイルド曽田アイ。アメリカ人の父と、日本人の母夫婦の養子の彼女はシリア人。名前には、日本語の「愛」、英語の「I」、つまり、自分をしっかり持った愛のある子にという願いがこめられていますが、意味を限定しないためのカタカナ表記となっています。
養子でありながら、裕福なめぐまれた生活を送るアイですが、現在紛争中のシリア人であるという自身のルーツからどうしても離れることはできません。彼女は、どうして自分が選ばれたのか(裕福に生活できているのか)ということに疑問を感じ、常に疎外感を感じながら生きています。日々「誰かの幸せを不当に奪った」のではないか、この世界に自分の居場所はないのではないか……という思いにかられながら、ことあるごとに自らの名前「アイ」に虚数「i」を重ねて、「この世界にアイは存在しません。」と、自らの存在を問い続けています。
彼女がアメリカで育ちであること、思春期以降を日本で過ごすこと、また、両親や親友が日本にとどまらない生活をしていること、そして、彼女が、世界中の大きな事件や災害の犠牲となった死者の数をノートにカウントしていることなど……。物語の背景がワールドワイドなこともあって、読者はアイ個人の問題でありながら、世の中の問題を見せられているような気にさせられ、また、世の情勢に鈍感な自分自身を意識せずにはいられないような作品でした。
そして、そんな自らの存在意義を問い続けているアイを理解してくれるのが親友のミナと伴侶のユウです。彼女がミナ(All)、そしてユウ(You)との関わりを通して、そして、何よりも理不尽な現実を乗り越えて、自分自身(i)と愛(アイ)の存在を認めるラストには、胸が熱くなりました。自らを認めることは、その自分の周りにいる他者を認めることであり、また、全ての存在を認めることである。人を存在させるものこそが愛である。
「絶対、世界にアイはある」との西加奈子さんの声が聞こえてくる作品でした。