斎藤美奈子『妊娠小説』
斎藤美奈子さんのデビュー作の評論! 「妊娠小説」とは、齋藤さんの造語で、「望まれない妊娠を搭載した小説」のことです。
日本の小説には、望まれない妊娠を扱った一大小説ジャンルが存在している、という意表をついた分析とそのキャッチーなタイトルに驚かされ、斎藤美奈子さんのファンになったのがこの作品でした。前回の『太陽の季節』をきっかけに、また読み直したくなって手に取ったのですが、取り上げる作品だけでなく、それぞれの作品が出版された時代(日本の中絶をめぐる諸事情)を踏まえながら論じられていく論評は、やはり今回も、なるほどと唸らせられ、齋藤さんならではのツッコミにブフッ(クスッではありません)と吹き出してしまう箇所も多く、大変面白く再読しました。
1994年出版の本書が扱っている小説は森鷗外『舞姫』(1890年刊)から丸谷才一『女さかり』(1993年刊)まで。巻末に載せられた主なものだけでも47作品あります。とは言え、作品によって扱い方に強弱はあって、『舞姫』、『太陽の季節』の他、島崎藤村『新生』、三島由紀夫『美徳のよろめき』、村上春樹『風の歌を聴け』、村上龍『テニスボーイの憂鬱』などなど、重点的に取り上げられる書籍もあります。
本書は、高校の教科書にも採用されている『舞姫』を、「わが国最初の『妊娠小説』だった」と位置づけるところから分析が始まっていきます。それまで「男の問題にあらずば文学の問題にあらず」という日本文学の風潮の中にあって、「どうでもいい女の問題」だった妊娠が、豊太郎にとって「どうでもよくない男の問題」として『舞姫』に描かれたことを指摘し、「暗黒の未開時代に、思わず『女(あんた)の妊娠』でなく『男(わたし)の妊娠』を描いてしまったところに、妊娠小説としての」「新しさがあった」「妊娠させた男の『近代的自我』というものであろう」という論旨には目からウロコでした。授業で取り扱うのとはまた違った視点に驚かされながらも、本作が豊太郎の「回想」であることに触れながら、「苦悩なんて、女とも切れてひと息ついて、やっとゆっくり浸れるものだものね」というツッコミには笑ってしまいました。
という感じに、各「妊娠小説」の分析が続いていきます。分析方法も様々で、小説をページ数から野球のスコアボードに置き換え、「受胎告知」のシーンがどの回にあたるかなどを明らかにしていくことで、それぞれの物語の特徴を詳らかにしていったり、読後感(胃のもたれぐあい)の違いを「妊娠濃度」で測定・分類したり、と様々なアプローチからの分析が続いていきます。本当に多岐にわたるので、ぜひ読んで頂くしかない! というのが正直なところでしょうか。ともかく、ぜひともオススメします! 胸のすく「斎藤美奈子節」を楽しめること間違いなし!
今回は…『妊娠小説』のススメで終わってしまいました(笑)