中山七里『ドクター・デスの遺産 刑事犬養隼人』
中山七里さん、初読みです。刑事犬養隼人シリーズ第4弾で、綾野剛✖北川景子✖深川栄洋監督で映画化された『ドクター・デスの遺産―BLACK FILE―』の原作本でもあります。
映画が公開された時、「安楽死がテーマ」との触れ込みだったのですが、鑑賞してみると、安楽死のテーマをつきつめているというよりは、むしろエンタテインメントに振り切った作品で、快楽殺人者と刑事とのハラハラドキドキの息もつかせないストーリー展開がメインの映画だなという印象を受けました。ドクター・デス絡みの複数のシークレットキャストの怪演も見事で、綾野剛さんファンとしてはエンタメ作品として楽しく鑑賞した映画でしたが、見終わった後になぜ「安楽死がテーマ」であるとの宣伝文句にしたのだろう……という小さな疑問は残っていました。このテーマ性を打ち出さない方が、快楽殺人者との攻防が生み出す映画のスピード感など、より本来の良さが伝わったのでは!? と……。
今回、原作本を読んで、やっとその謎が解けました。宣伝は原作本に引っ張られていたのですね……。映画と原作は、「違法である安楽死を行うドクター・デスを負う刑事たちの物語」という点での共通点はあるものの、その他は登場人物の造型も、ストーリー展開も、重要なエピソードの意味合いも、全く別物。描こうとしている内容が全く違うので、映画鑑賞後にもかかわらず、読み進めば読み進むほど映画のキャストの影が薄くなっていきました。そして、最後には快楽殺人者ドクター・デスではなく、「安楽死」を選択するしか生きる意味を見いだせなくなくなった人物の物語として読んでいました。
「ドクター・デス」がなぜ安楽死を行うことになったのか……。違法である安楽死は本当に罪なのか……。本の中では、ドクター・デスに安楽死させてもらった人々の抱える様々な諸問題が、社会の問題の中で明らかになっていきますし、またその中で犬養自身が抱える問題と葛藤が描かれていきます。
もちろん、簡単に答えを出せるテーマではありませんが、犬養の「犯人を裁くことはできても、罪は裁くことはできない」との敗北感にも似た感情は、読み手である私の心にもずっしりと迫ってきました。とは言いながら、(今後世の中で安楽死の問題がどうなっていくのか分かりませんが)「考え方の違いだけだよ。だって家族を死なせたくないのも、苦しませたくないのも、根は同じ思いやりなんだからさ」という人間の善意に基づく解釈の余地が残されるような結末に、救われたような気がしました。