山田詠美『血も涙もある』
まさに、タイトル通りの「血も涙もある」小説でした。新潮社のホームページ紹介には、次のように紹介されています。
良い意味での「ミスリード」もある紹介文で、「血も涙もない」ような展開を想像していたのですが、全く違った種類の「後味」が待っていて驚きました。
いわゆる不倫もの(⁉)のようにスタートしますし、誰かを傷つけてしまう現実も描かれていくのですが、そこには残酷性というよりも、誰もが皆、傷つけたり、傷つけられたりしながら、血や涙を流す「血も涙もある」悩める人間であることが浮かび上がってくるような展開となっていました。
大前提となっている登場人物たちの人間関係が、どれも惹かれ合う者同士であることが、本来なら敵対していくはずの関係も、その方向だけに進んでいかない本書ならではの結末に繋がっているのだろうと感じました。
結果的に、すべての登場人物が、一番自分らしくいられる人と場所を見つけていく物語となっていて、皆が本当の理解者を得られる結末には、ある種の清々しささえ感じました。そして、そんな懐の深い結末を用意する山田詠美さんを、これまた「血も涙もある」作家さんだなあと!
人は、演じることをやめて、自らの傷つきやすさをさらけ出すことで、出逢わなければならないものに出逢うことができるのかもしれません。血も涙もある私たち人間は、本当の出逢いに辿り着くまでには、血も涙も流さなければならないのでしょう。(八塚秀美)