高校一年生の『現代の国語』に収録されている「城の崎にて」。授業で扱うたびに、脚注の解説に出てくる『暗夜行路』を、まだ一度も読んでいないことがずっと気になっていました。ようやく読了!
『暗夜行路』は、志賀直哉の唯一の長篇ですが、11年の中断の時期も含めて草稿の段階から26年後に完成した作品です。発表までの経緯について詳細が記されている「あとがき」には、作品についても、次のように言及されています。
主人公時任謙作の人生を襲うのは、母と妻の過失に影響される事件だけではありません。生まれて間もない息子が丹毒となり、発病後一月で「苦みに生れてきたような」人生を終えることになります。
その後、二人目の子供もできながら、自分の思いを持て余し続けている謙作は、「お互いに気持も身体も健康になって、又新しい生活を始め」るために、大山へ行くことを選びます。そして、物語は、あまりにも有名な大山の中腹で見る夜明けの場面へと繋がっていく訳ですが、ラストに向かって描かれていく謙作の「気持の中の発展」の静けさに、志賀直哉らしさを感じつつ読み終えました。
ここには、「城の崎にて」の志賀的死生観に通ずる静寂に加えて、人間も自然も全てを「只其所に置かれてある」ものとして受け入れることで満たされる精神の快さがあると感じました。私たち人間も、自然と同様に、ただそこに存在しているだけでよいのかもしれません。
生死のふちを彷徨いながらも、謙作の浮かべている、無為自然ともいえる穏やかな表情を印象的に思ったラストでした。(八塚秀美)