松本侑子『恋の蛍 山崎富栄と太宰治』
第29回新田次郎文学賞受賞作品です。裏表紙には、
と紹介されています。
すさまじい取材に裏打ちされた評伝小説でした。私自身、卒業論文・修士論文で太宰治作品が研究テーマだったこともあり、山崎富栄に関する文献を読んだことはあったのですが、こんなにも生身の彼女を知ることができる書籍があろうとは思ってもいませんでした。そこには、愛されて育ち、英語や聖書を学び、立派な職業婦人となっていきいきと生きる女性がいました。何より、「戦争未亡人」「十二日の新婚生活」という言葉だけでは語ることのできない、夫・奥名修一との幸せな日々があったことに胸を突かれました。
また、太宰と出会ってから入水するまでの時間も、取材をもとに淡々と描かれていきます。太宰との関係は、決して富栄からの一方的なものではなく、太宰に必要とされてのものであること。早いうちから一緒に死ぬことを約束した関係であることが、小説の骨子となっていました。
読者は、二人が出会った22年3月27日から、入水する23年6月13日までを一緒にカウントダウンしていく訳ですが、太田静子や美知子夫人の3人目の出産、書くのも困難になるほど悪化していく太宰の肺病など、富栄にとってとてつもなく濃厚な毎日が過ぎていきます。そして、この時期に執筆された太宰の作品群の豊かさにも、ある種狂気めいたものを感じずにいられませんでした。太宰ファンとしては、よくぞ『人間失格』を書ききってくれた、との思いを強くすると共に、もしかすると、富栄の存在がなければ完成はなかったのでは、とも感じてしまいました。
今回、久しぶりに太宰作品(の引用)に触れることで、太宰の才能に惹かれてしまった富栄に共感しつつ、太宰作品を再読したくなってきています。