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山本文緒『自転しながら公転する』

年末に放送された松本穂香×藤原季節のスペシャルドラマ『自転しながら公転する』。評判が良いのでTVerの配信が延長されているというネットニュースを見て、配信終了間際に滑り込みで視聴した作品でしたが、これがなかなかに好きなドラマで、思わず原作が読みたくなりました。原作は、第27回 島清恋愛文学賞・第16回 中央公論文芸賞・第16回 Sense of Gender賞大賞を受賞した作品です。

母の看病のため実家に戻ってきた32歳の都。アウトレットモールのアパレルで契約社員として働きながら、寿司職人の貫一と付き合いはじめるが、彼との結婚は見えない。職場は頼りない店長、上司のセクハラと問題だらけ。母の具合は一進一退。正社員になるべき? 運命の人は他にいる? ぐるぐると思い悩む都がたどりついた答えは――。揺れる心を優しく包み、あたたかな共感で満たす傑作長編。

背表紙より

タイトルともなっている「自転しながら公転する」は、不平不満で爆発しそうになる都に、貫一が語ったセリフです。

「そうか、自転しながら公転しているんだな」
「地球はな、ものすごい勢いで回転しながら太陽のまわりを回ってるわけだけど、ただ円を描いて回ってるんじゃなくて、こうスパイラル状に宇宙を駆け抜けてるんだ」
「太陽だってじっとしてるわけじゃなくて天の川銀河に所属する2千億の恒星のひとつで、渦巻き状に回っている。だからおれたちはぴったり同じ軌道には一瞬も戻れない」

物語では、この貫一が、とても魅力的な人物として描かれています。彼は、中卒で無職という生きにくい人生を歩んでいるようでありながら、世間の尺度では測れない貫一ならではの物差しを持っている人物です。常に本を読んでいる読書家であり、躊躇することなく災害ボランティアに参加したり、施設の父の援助をしたりと、彼自身は、充実した彼なりの一生懸命な日々を送っているのでした。

漠然と「お金持ちにはなれないだろうけど、この人といれば安心なのではないか」と考えていた都は、貫一と付き合いを続けながら、だんだんと自分の狭量さに気づいていくことになります。

何かに拘れば拘るほど、人は心が狭くなっていく。
幸せに拘れば拘るほど、人は寛容さをなくいていく。

そして、常に同一軌道を通ることはなく「自転しながら公転」している都は、「話したい人はひとりしかいなかった」「触れたいのは彼だけ」との貫一への思いに到達するのです。

貫一は都の心の均衡を崩した。彼の善行も悪行も、都をかき乱す。自分はしないことを彼は易々とやる。彼は都にとって理解不能で、認めたくない存在で、そして憧れだった。

そんな都と貫一の物語ですが、ドラマにはならなかった書籍ならではの趣向が、プロローグとエピローグでした。ここで、彼らの未来が明らかにされているのですが、本編を挟むプロローグとエピローグに、彼らの変わらない部分が、良い部分も悪い部分も描かれているのも、この物語ならでの味わいを増しているように感じました。

変わらない部分とは……。それは、タイトル通り「自転しながら公転」してしまう=全く同じ軌道は通らないものの、やはり、自分の軌道から外れられずに回ってしまう、という人間の性なの
でしょう。とは言いながら、もがきながらも必死に自分の人生を生きようとしている人間たちへの、作者の温かい眼差しを感じずにはいられない作品でした。

山本文緒さんは、2021年に急逝されました……。新作がもう読めないのが残念でなりません。(八塚秀美)