観劇レポート「CHESS THE MUSICAL」
「あの、レミゼのサマンサ・バークス初来日!」という謳い文句にあっさり釣られて、前評判も全くわからないミュージカル「チェス」を観に梅田芸術劇場へ行った。
レミゼ公開当時、高校生だった私が最も素直に共感できたキャラクターがエポニーヌだった。
自分は容姿端麗じゃないし、少し気が強すぎるし、でもその強さがあるから好きな人が戦っていたら家で祈っているタイプじゃなくて一緒に戦場に出るタイプで、絶対コゼットじゃなくてエポニーヌ側の人間なんだよなぁ…とか思っていた。
コゼットを演じたアマンダ・サイフリッドも本当はエポニーヌがしたかったけど声質が合わずコゼットで応募したらしい。
それを思えば、女の子は容姿に関係なくみんなコゼットよりエポニーヌに自己投影するのかもしれない。
余談が長くなったが、そのエポニーヌの名演技で私の心を鷲掴みにしたサマンサ・バークスの生歌が聞ける!とあって勇足で向かったミュージカルが「チェス」だった。
東西冷戦時代、チェスの世界No.1を決める大会がイタリアで開かれた。
現世界チャンピオン、アメリカ代表のフレディにソ連代表のアナトリーが挑む。
そんな中、フレディのセカンドを務め恋人でもあったフローレンスとアナトリーが敵対関係にも関わらず恋に落ちてしまう。
アナトリーは既婚者だが、妻子を国において亡命を決め…1年後の同大会でフレディとフローレンス、アナトリーとその妻の4者がついに鉢合わせる。
あらすじはこんな感じ。
ミュージカル「チェス」を知らなくても、その楽曲を知らなくても、ABBAを知っている人はたくさんいるんじゃないかと思う。
私も鑑賞前はそのうちの1人で、ABBAと聞くと真っ先に思い浮かぶのは「マンマ・ミーア」
こちらは既存のヒット曲を詰め込んだ、誰かの言葉を借りていえば“ジュークボックス・ミュージカル”だ。
一方、「チェス」は全楽曲描き下ろし。
「マンマ・ミーア」の大らかで大衆的な楽曲と打って変わって神経質でどことなく不穏なので、「これほんとにABBA?」と思ってしまった。
ロックがアメリカ、クラシックがソ連を表現しており、楽曲でもその対立構造を再現しているらしい。
幕が上がるとチェスの駒に扮したダンサーたちがカクカクとしたダンスを踊りながらチェスの歴史について語り出し、一気にその不思議な世界観に引き込まれる…。
結論から言うと、歌とダンスは完璧で、キャストも(流行りのイケメン俳優とかではなく本当に声楽的な意味で)歌える人ばかりが集められており、演出も面白くとても見応えがあった。
御目当てのサマンサ・バークスは言うまでもないが、主演のラミン・カリムルーの歌唱力が圧巻で鳥肌が立った。
また、チェスの審判であり、この物語の狂言回しを務めるアービターを演じる佐藤隆起が歌声でもタッパでも外国人キャストに全く引けを取らず、日本人として誇らしく思った。
彼のナンバーは革新的なものばかりで、このスペクタクルショーの主役はひょっとすると彼なのではないかとすら思った。
そう、「チェス」はミュージカルというより、スペクタクルショーだというのが、私の率直な感想だ。
正直シナリオはしっくり来ない部分が多々あった。
なぜ、東側のアナトリーが妻と祖国を捨ててまで西側のフローレンスに惹かれたのか、そこの部分の説得力が致命的に欠けていたように思う。
また、フローレンスの最後の決断も同様に、そこに至った経緯が分からない。
以前、別記事でも書いたが、彼らには障壁はあるのに葛藤がない。
その違和感が拭い去れない。
また、あえて東西冷戦という題材を扱っている割に、チェスのゲーム上でそれが風刺的に再現されるということがなかったように思う。
ブロードウェイで公演した際はアメリカ側の要望で政治色を強め、恋愛色を薄めたために別作品のようになったという過去があるそうだが、
そのくらいしないとなんのための設定だか分からないのでは?とも思う。
とは言え、全体的には根強いファンがいるというのもうなづける作品で、30年以上前にこんな革新的なミュージカルが生まれていたというのは驚くべきことだと思う。
ミュージカル「チェス」は社会派や、シナリオ重視派には物足りないかも…。
だけど、スペクタクルショーとしては斬新で完璧というのが、私の個人的なレポートです。