休日

家を出た時はちゃんと晴れていたのだ。
爽やかに吹く風が心地よい日和だったのだ。
だから今日は公園で酒を飲もうと決めた。
絶好の洗濯日和、いや外呑み日和だ。
洗濯物が棚引く家を後にして、ウキウキ気分でスーパーへ行く。友人Aと落ち合って、酒やらつまみやらを買い込んで公園へ急いだ。こんな日和に外で飲む酒は美味いだろうと想像すると足はますます軽くなった。
ただこの時、薄々感じ取っていた。
空気が不気味な冷たさで肌に触れてきたことを。黒い壁が近づいていることを。

「一雨ありそうだな」
と思わず呟く。するとAは言った。
「気のせいだよ。まだあっちは明るいじゃないか」
確かにそうだ。Aの言うように気のせいである。そうに違いない。まだ日差しもあるし。

それが気休めに過ぎないことはわかっていたけれど、不都合な本音には蓋をした。

テクテクと公園へ向かう。しかし、徐々に壁は近づいてる。もはや陽の光は姿を消してしまった。そして、いよいよ神なる騒ぎまで始まった。 もう気のせいとは言ってられない。

友人Aとともに雨をしのげる場所を探して彷徨う。せっかく見つけ出した東屋。あまりに頼りない簾屋根に幻滅する。渋々公園を後にせざるを得ない。

もはや悠長に公園呑みとは言ってられない。我々を逃すまいという追いかけてくる黒い壁。その下を缶ビールとスーパーの袋を抱えた男2人が街を歩きまわる姿は滑稽この上ないが、こちらは雨に打たれまいと必死なのだ。
我々は罰当たりなことは何一つしてないはずなのに、無情である。
いよいよ肩に当たる水滴。
奴等はもうそこまでやってきている。ゲリラ集団はまもなく我々に襲いかかるつもりらしい。

そんな折ようやく見つけたのはJRのガード下。もはやこんなところでも、雨を凌ぐには十二分だ。スーパーの袋にビールでみっともないがそんなことを気にしている場合ではない。
逃げ込んだその直後、ゲリラは予想通り攻撃を開始する。轟音とともに滝のように降り注ぐ雨。そして、さらには雹まで投げつけてきているのだから相手は万全の攻撃体制で向かってきているようだ。これではコチラはなすすべがない。完全降伏だ。

仕方がないからガード下の無機質な路上でビール飲み干す。素晴らしい休日を潰してくれた無情の天気へのせめてもの当てつけである。

周囲を見渡すと、我々と同じようにガード下なら攻撃を受けないと思った人が他にもチラホラ。買い物にでも行ってたと思しきそこら辺お父さんという感じの中年男性。せっかくのサイクリングを邪魔されたと思しきガッチリした男。
それぞれ置かれていた状況は違うけれど、いまここにいる目的は皆一緒。ただ、雨をやり過ごしたい、それだけなのである。
ドラマとかでこういうシチュエーションなら、普通見知らぬ女と偶々一緒になってそこから淡い恋愛がはじまるというのがベタなのだが、そんな期待を裏切るように黒四点。新しい恋がここで始まろうものなら、それはそれで想像したくないなと思う。はっきり言ってこの場で恋の気配などあろうものならおっかない。

でも、目的は一緒だから謎の一体感に包まれている。言葉こそ交わしていなけれど、我々は戦友なのだ。なんとしても濡れずに帰らなくてはいけないのだ。

ゲリラから逃れること三十分。
ようやく攻撃の手を緩めてきたようだ。
明るくなってきた外を見て、すでに他の二人は脱出を図っていた。我々も落ち着いた隙をみて脱出を試みる。

濡れた街を傘一本、男二人が駆け抜ける。
汚い絵面なのは気にしてはいけない。濡れた路面に弾ける水を掻き分けてようやく駅まで逃げたとき、悪戯な雨はさらっと上がってしまった。

どこまでも憎い天気だと思ったけれど、振り返れば茜に染まった空と、雨に洗われた街。
夕陽に照らされていつもより輝く街並みは美しかった。

「まあ、こんな休日も悪くないよな」
とAは呟いた。

我々を守り抜いた赤い傘を畳んで、水溜りの街をまた進み始めた。

夕立も案外悪くないじゃない。

と心に呟く。
五月雨に心まで洗われて明るい気持ちになった。そんな休日も黄昏と共に終わろうとしている。

しまった、洗濯物が干しっぱなしだ。
家に帰ったら洗い直しだな…。

おわり


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