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近くて遠い、母への想い。

ここ数年、見ないようにしていた自分の心の燻りに
今日不意に出くわしてしまった。

小さい頃から四六時中仕事で家にいない父に代わって
母がいつもそばにいた

4歳の頃、
わがままを言った私に愛想を尽かし
母が家を飛び出した。
私は夜通し泣いていたと言う。

それから、
長女の私は、
手のかからない優等生のお姉ちゃん
という着ぐるみを着ていた

幼稚園のお道具箱がクラスで一番綺麗です
と先生に言われた時
初めて
母が褒めてくれた

私は嬉しくて、嬉しくて、
もっと褒められたくて、
母が喜ぶことを探した

縄跳びや自転車、妹たちの面倒、お手伝い・・・
何でも母の言う通りにやった

しかし
褒められることはなく
むしろ
できていないことを怒られるようになった

テストは100点が当たり前
99点だと怒られる

私は母に褒められたくて勉強した
母に褒められたくて習い事に通い続けた
母に褒められたくてお手伝いをした

そのうち、母を怒らせない術を手に入れた

クラスでは学級委員やピアノ伴奏
部活は副部長以上
テストは学年上位10番以内

ここが私のセーフティゾーンだった。
こぼれ落ちないように必死だった。

ところが、、
高校受験、第一志望の高校に落ちた。

「もっとできる子だと思ってたのに」

母をがっかりさせてしまった。
私は高校で必死に勉強した。
母が恥ずかしくない程度の成績のために勉強した。
そして、母が恥ずかしくない程度の大学に合格した。

こうして私は
自分が何者か分からなくなった。

笑顔の優等生なお姉ちゃんの着ぐるみの中で
ずっと誰かに助けを求めていた
声に出せないSOSを
着ぐるみの中静かに叫んでいた。

そして今

母に会うたびにキラキラの笑顔で言う。
今が一番幸せだよ、と。
今の私にできる精一杯は、
自分の娘がこんなに活躍している、と、
ご近所にお話できるネタを作ること。

お母さん。
お母さんとのこの距離が、私には必要なの。
そうじゃないと私は崩れてしまいそうなの。どうか許してね。

大好きなお母さんだから
着ぐるみは絶対に脱がないよ。

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