お前に私は救えない

君は本当は傷ついてるんだね、寂しがり屋なんだね、という男の人たちに幾度となく遭遇してきた。君のことを癒やしてあげたい、君の力になりたい。何を言ってるんだ?お前に私は救えない。

もちろん彼らは本気でそう思っている訳じゃないだろう。性交までスムーズに持ち込むためのありふれた口上でしかないということは私も気づいてる。そんなことを言うくらいなら、私は前戯に時間をかけるしあなたのことを丁寧に扱うのでセックスしませんか?と提案する方がよほどまともだと思うが、まあ、彼らも私との性交にそこまで情熱を捧げていないだろうから、何も考えずに同じ口上を垂れ流すのは仕方がない。

しかし、全ての人間にある程度は当てはまると言われてしまえばそれまでだが、事実、私は寂しがり屋であるし常に傷ついている。そして救われたことがある。しかし、私を救ったのは、私を救おうだなんて全く意識していない、友人の女の子だった。

その日は私の誕生日で、彼女と1日遊んだ後に私の自宅でケーキを食べるということになっていた。
私は幼少期から人に何かをお願いすることが苦手で、吃音症気味で滅多に喋らず、常に無表情だった。両親は、わがままで愛嬌のある兄の毎年誕生日を盛大に祝っていたが、私の誕生日には図書券を机の上に置いておくだけだった。今思うと単に、この子はその方が喜ぶだろうという両親の配慮だったのだろうが、私にとっては、キラキラしたお祝いには値しないと言われているように感じられた。でもそれは仕方ない。愛嬌もなく、両親にとっての可愛い子供になれない自分が悪いのだから、と諦めていた。


本当は、誕生日ケーキに憧れていた。だから彼女が、あなたはチョコが好きだからチョコのやつにしよう、でも苺のもいいよねえ、2人だけどホールのやつ買っちゃおうよ、と言ってくれた時、もう誕生日祝うって年齢でもないけどね、なんて悪態をつきながらも嬉しかったのだ。

そしてケーキを受け取って帰路についている最中、彼女が、あっ!と声をあげた。何事かと思って聞くと、ケーキに挿すロウソクをもらい忘れたという。ロウソクなんていいよそんなの、ケーキ用意してくれただけで嬉しいんだから、と言う私の制止を振り切って、彼女は先に帰ってて!と言い残して駆け出していった。

自宅で、少し呆れながら待っていると、彼女がとぼとぼと帰ってきて、ねえごめん…ケーキ屋さんもう閉まってて…だからスーパー行ったんだけど、これしかなかった…LOFTとか行けばよかったんだけど時間かかっちゃうから…。と呟きながらスーパーの袋を渡してきた。そこには仏壇用の太く短い真っ白なロウソクが入っていた。仏壇のやつじゃん、と笑いながらそのロウソクをケーキに挿して、ありがとう、でもそこまでしてくれなくてよかったのに、仏壇用のしかなかったらフツー諦めるでしょ、と私が照れ隠しでからかうと、彼女は、


だって、お誕生日のケーキにロウソクがなかったら寂しいでしょ?


と、私を真っ直ぐ見つめて少し不満気に囁いた。ケーキに挿さった不格好な仏壇用のロウソクの灯に照らされる彼女のその顔を見て、私は突然大声を上げて泣いた。兄の誕生日ケーキを、自分が生涯受け取ることのできない愛情の象徴としてにらみつけていた、幼少期の自分が救われたと思った。私はずっと自分が寂しいのだと思っていたけど、本当はあの頃の、子供の自分が可哀想だったのだと気づいた。今の私の働きや容姿や行動に対する賞賛やプレゼントなんかいらなくて、私のために挿された誕生日ケーキのロウソクを、そしてそれがないのは寂しいことだと思うのが当たり前だと認められることを、ただ求めていたのだ。

彼女は突然泣き始めた私を前にオロオロとして、ごめん…やっぱ仏壇用はナイよね…と言いながらロウソクの灯を消そうとしたので、私はそれを制止した。いや、違うんだよ、ごめん…なんかツボに入って泣いちゃった、と誤魔化しながらロウソクの灯を吹き消した。

ロウソクを引き抜いて、通常より太いロウソクが挿されてボコボコになってしまったケーキの表面を見て、これからこの子の人生に何があるかわからないけど、何があっても私はこの子やその大切な人たちのために、ケーキのロウソクを用意する、と心に決めた。その時は仏壇用のじゃなくて、ちゃんとしたカラフルで細いやつを用意しようと思うけど、まあどちらでも良い。大事なのは自分のためのお誕生日ケーキとロウソクがちゃんとあるっていうことだろうから。


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