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オタクに理解のある花屋が尊すぎた件

なぜに!?

「ありがとうございました!」
顔を見るなり食い気味に言われた感謝の言葉と、マスク越しでも分かる満面の笑みに、正直戸惑いを隠せなかった。
依頼人はこちらなので、私が礼を言うのは分かる。
でも、なぜ私がお礼を言われているの? 

花束を推しに

その花屋を訪れたのは2日前のこと。
推し声優の小林親弘さんが出るイベントが開催されることになり、彼へのプレゼントを用意するためだった。
初開催の誕生日イベント、加えて最前列のチケットを引き当てた自分の強運に文字通り震え上がった。
イベントでプレゼントボックスも用意されるとの事前連絡があり、何が良いかを自分なりに考えた結果、彼が演じるキャラをイメージした花束を渡そうと決めた。
漫画「ゴールデンカムイ」の杉元佐一。
私が小林さんにはまるきっかけを作った作品だ。
概念花束にまで昇華させるキャラは彼しかいないと思った。

『ゴールデンカムイ』の推しキャラ、杉元佐一。
好きすぎて、本人の声が出るイヤホンまで買ってしもた。。。

推しへの愛とオタばれリスクの狭間で

しかし花屋を前に、私は躊躇していた。
花束を作ってもらうには、当然店員さんにキャラの説明をする必要がある。
すなわち自分がオタクだと見ず知らずの人に公言することになる。
しかし今日注文しなければ、イベントには間に合わない。

意を決し、若い女性の店員に話しかけた。
「すみません、花束を注文したいのですが」
「どのような用途でしょうか?」
「誕生日祝いで、男性への贈り物なんですが…」
話しながらも、迷いは深まる。
このまま話していくと、彼女は40歳男性に向けた無難な花束を提案してくるに違いない。
しかし彼が演じる杉元は20代半ばくらいで、小林さんご本人とは年齢が異なる。
キャラをイメージした花束を作りたい。
だが推しはあくまでも声優本人だ。
せっかくの本人に贈り物を渡せる機会。
キャラと小林さんご自身の両方に寄り添ったものにしたい。
オタばれするリスクと推し声優への愛の狭間で、しばし揺れる。
天秤が傾いたのは、推しへの愛だった。

注文は小姑のように

思い切ってキャラが表示されたスマホ画面を彼女に見せる。

「イメージカラーは赤と黄色でお願いします。このキャラをイメージした花束を作りたいので」

杉元の感情を表現するのに作画でよく使うと、作者の野田先生が仰っていたマフラー。
彼を象徴するとも言えるマフラーの色を、どうしても入れたかった。
その間にも彼女の表情を観察してしまう。
引かれてないかな、大丈夫?
不安は明るい声で搔き消された。
「これ『ゴールデンカムイ』のキャラですよね? 今度映画化する」
「! そうです!」
「映画の予告編見ました。キャラの再現率高いですよね!」
理解者を目の前にすると、一気に口が回るようになるのはオタクの性だと思う。
受け入れてもらえたことが嬉しくて、いつの間にかアニメも好きなこと、その役を演じる小林さんのイベントに行くことも話してしまっていた。
彼女も『ゴールデンカムイ』を最近読み始めたらしく、好きなキャラの話で場が盛り上がった。
漫画って凄い。
年代も性別も関係なく、他人同士を結ぶ共通言語になってしまうのだから。

会話の間に、花束のイメージも膨らんでくる。
派手な色の組み合わせだけど、小林さんの40歳という年齢を考慮してシックなトーンでまとめよう。
大人っぽくするためにグリーンは多めで。
花の色味が派手な分、包装は赤が引き立つ色に。
包装紙や店舗にある花を使ってイメージを伝えると、彼女はしっかりと注文用紙にメモしてくれた。
メモ欄はみっちりと字で埋め尽くされ、注文書の枠外にはみ出すほどだった。
スペースが足りなかった分には付箋を貼って書き足してくれている。
「注文が多くてすみません…」
「いえ、お任せください!」
自分の口うるささを気まずく思いながら、私は店を後にした。

忍ばせなくて良かった!

そして2日後。
花束を手渡す彼女からかけられたのは、お礼の言葉だった。
「めっちゃ楽しく作らせていただきました!」
頭に疑問符が浮かぶ私を尻目に、彼女は語りだす。

「赤は明るめのアンスリウムとラグラス、黄色はクラスペディアで表現しました。グリーンは作品ファンのスタッフと『私の解釈だとこっちかな』って相談しながら作るのがもう楽しくて! 素敵な機会をいただき、ありがとうございます!」

推しへの愛を隠さなくて良かった! と心底思った。
面倒なオタクの注文だと、引かずに向き合ってくれたこと。
彼女達が心底楽しんで花束を作ってくれたこと。
それら全てが伝わってきて、思わず胸が熱くなった。
私が推しへの愛を心に秘めたままだったら、推し語りをしなければ、彼女はこの話をしてくれなかったかもしれない。
それどころか、今目の前にあるこの花束はできていなかったかもしれない。
私と店員さんの気持ちが1つになった結果生まれた花束。
これは間違いなく店員さんと私の愛の結晶だ。

愛おしさのあまり、花束の形が崩れないようそっと抱きかかえ、こっそりと頬をすりよせる。
こんなに素敵なものを推しに渡せることを、とても誇らしく思った。

こちらから言うべきだった「ありがとう」を返したくて、何度もお礼を言った。
「イベント、絶対に楽しんで来てくださいねー!」
花束を抱えて帰る私に、最後も笑顔で見送ってくれた彼女。
彼女の笑顔を、私は忘れないだろう。

終わりに

顧客を満足させるものを作ろうとするのは、花屋として当たり前に有するプロ意識なのかもしれない。
しかし件の花屋にあるものはそれだけではなかった。
顧客の熱意に応えるために、作品を解釈しようとする姿勢。
何より、オタクに寄り添う優しさが本当にありがたかった!!
オタクに優しいギャルはフィクションでよく見るが、オタクに優しい花屋には初めて出会った。
理解者に優しくされてしまうと、石ころが転がるように落ちるのもオタクの性の1つである(ちょろい笑)
次に花束を作る機会があったら、きっとまたここに来よう。

というわけで、大阪で推しへの花束をご所望の方、青山フラワーマーケット リンクス梅田店へ行ってみて!!
きっとあなたの胸も「ありがとう」でぱんぱんに満たされるから!

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