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旧ムシキングのノコギリタテヅノカブト(Gorofa porteri)はエアクスタテヅノカブト(G. eacus)なのか?に対する私見

今回はいつものゲーム備忘録とは少し趣向の異なる問題に関する記事である。プロフィールに記載の2ゲームのプレイヤー様にとっては全然趣向の違うお話になるが、ご了承願いたい。
また、本来学術名表記はイタリック体を用いることが通例となっているが、筆者がnoteを十分に使いこなせていないためここでは通常体による表記となっていることや、ある事象についての確実性のある裏付けを確認するに至らず、推定を(そうであると明記した上で)含む場合があることについても、ご理解いただけると幸いである。


事の始まり

さて、こんなタイトルなので読者の大半が既にプレイ済または筐体が置かれているところや存在自体は知っているという方々であると思われるが、2000年代初頭より稼働を開始し、一躍ゲームセンターブームに火をつけたカード排出式アーケードゲームの筆頭格である「甲虫王者ムシキング」(以下旧ムシキング)は、当時主に子供世代を中心に広くプレイされていた。
かつてより子供たちに愛され続けてきた昆虫であり、一対一で向かい合わせて対決をさせる「相撲」ができることで少年少女を熱狂させてきた、カブトムシ(コガネムシ科カブトムシ亜科)やクワガタムシ(クワガタムシ科)といった生物を、じゃんけんというシンプルなルールで戦わせるというゲーム性は非常にわかりやすく、ターゲットとする子供たちからもすぐに受け入れられた。
また、著名なインセクトブリーダー・蒐集家として知られる飯島和彦氏を監修に迎えるなど、使用される昆虫に対する並々ならぬ作り込みにも人々を惹き付けるのに十分な魅力が秘められている。

虫の3Dモデルもその例に漏れない。サービス開始当初はアラの目立つものも多かったが、後年に再録・リマスターを経て刷新・改善されたものも多く、大きな節目としての最後を飾ったアダー完結編においては、ほぼ全ての3Dモデルが現実の種の特徴を強く踏襲した、現代の技術にも引けを取らないものとなっている。


さて、そんな当作の中には、本投稿において話題に上がる「ノコギリタテヅノカブト」が参戦しており、つよさ100、必殺技がパーのカブトムシとして導入されていた。ノコギリタテヅノカブトは、ポルテリタテヅノカブトとしても知られるタテヅノカブト属(以下Gorofa属)に属するカブトムシであり、カードに記された学術名表記にも同種を示す "Gorofa porteri" の記載があった。

先程上記で少し触れた通り、稼働当初に作成されたモデルの一部には現実の個体に比べて種や属に特異な特徴が見受けられなかったり、明らかにサイズ感の異なるものが見受けられた。
ノコギリタテヅノカブトの3Dモデルもそのひとつであり、死骸や経年劣化した標本をモチーフにしたと思われる胸部の色彩や、2015年から2018年まで稼働していた後継作品「新甲虫王者ムシキング」(以下新ムシキング)に参戦したGorofa属の中型種である「エアクスタテヅノカブト」(G. eacus)の作中内3Dモデルが似た特徴を有していたことなどから、一部のファンを中心に、

「旧ムシキングのノコギリタテヅノカブトは誤ってエアクスタテヅノカブトを元に作られたのではないか」

とする説がまことしやかに囁かれ始めたのである。

両者の主張 

さて、ノコギリタテヅノカブトのモデル=エアクスタテヅノカブト(以下エアクス)であるとする説を唱える者がいれば、勿論これに反対の立場を取るファンも存在する。まずは、これら2サイドによる主張についてまとめたい。

モデルはエアクスとする説

エアクスとノコギリタテヅノカブトのモデルに共通している特徴として、 

  • 胸部の光沢が薄く、厚みが薄い

  • フセツの第1関節の長さが短い

  • 前翅の点刻が無い

  • 体長の規模

が挙げられた。一部、反論側の人物が新たに指摘した(認めた?)要素もまとめてこちらにオミットしている。

それぞれの項目については後述で精査していくが、現実の G. porteri と G. eacus は種として大きく離れている為、幾つかの特徴的な相違点があり、旧ムシキングで使用されたモデルのこれらの特徴が G. porteri に矛盾する、というのが主な主張であるとのことだ。逆に、 G. porteri に反しない特徴はポリゴン数などの理由で細部が潰れた故の偶然の産物である可能性を指摘する声もある。

筆者のリサーチ不足であれば申し訳ないが、基本的にノコギリタテヅノ=エアクス説の根拠はこうしたモデリングの矛盾に起因するものが全てで、開発環境や当時の現物の入手難易度に着目した主張に関しては、今のところ見受けられないように思われる。

モデルはポルテリとする反論

これに反論する形で唱えられている内容としては、

  • エアクスに特有の胸角の特徴が見られない

  • 配色や体長などの特徴については当時の開発環境(生体の確保が困難で小型の標本しかモデルがなかった・脚部は他の種と共に使い回されたモデルを雛形に改変した など)によって説明できる

  • 作中のカブトムシ・クワガタムシの説明欄は、著名的昆虫写真家である海野和男氏が発行した図鑑「カブトムシの百科」からの引用が多く、そこに用いられた写真などから判断すれば G. porteri と G. eacus の取り違えは起こると考えにくい

といった内容を現在確認している。こちらは開発環境や別視点での切り口から反論を試みている。

G. porteriとG. eacusについて

さて、両者の軽い主張についてざっと触れたところで、現実における両種の特徴について紹介していきたい。

モデルはエアクスとする説、の節でさらりと触れたが、G. porteri と G. eacus は (現在昆虫において最も発展している形態・生態的知見に基づく)分類学上は大きく離れたものとして記載されている。Gorofa属は交雑種の作出報告やmtDNAに基づく遺伝的分類の報告はあまり挙がっていない為、実際にどの程度これらの2種が隔離されているのかを知ることは難しいが、形態上、両種はそれぞれ以下の特徴を持つことが知られている。それぞれの特徴については、有限会社むし社が年に4号ずつ発行しているBE KUWA 第82号を参考とした。

G. porteriの特徴

G. porteri はムシキングの影響などもあり一般的には最も知られている種であると同時に、Gorofa属の最大種でもある。eacusが頭部先端から前翅末端までの測定で最大64mmを確認するに留まるのに対し、porteri の現在の最大個体は110mmと知られている。

メスの体色や交尾器にも他のGorofaとの明確な差はあるが、旧ムシキング内で種ごとに差があったのはオスの通常状態の形態のみであり、本問題に関わることは無いので省略する。それ以外の領域でeacusに見られない形態的な特徴を挙げると、

  • 前脚のフセツの第一節がそれ以降と比べて極めて長くなる※

  • 胸部に比較的強い光沢がある

  • 胸角先端は広がらず、針状になる※

といったものが挙がる。
本種の世間一般に広く知られる和名である(飼育者の間では「ポルテリタテヅノカブト」の和名の方が広く使われるため、こちらは所謂「旧和名」のような扱いとなっているが) 「ノコギリタテヅノカブト」の由来となるノコギリ状の頭角突起は、残念ながら小型・極小個体であれば消滅していることもあり、判断が難しいこともある。

また、胸部の厚さがeacusに比べて薄い、というよりは前胸背板の前後に対する幅が広い、と言った方が特色をうまく説明できると思われるが、この特徴についても、一応そのような傾向こそ見受けられるものの、個体間のばらつきが大きく、オークションサイトへの出品などを見ると、本種の特徴を満たしながらも胸部の厚みが小さい個体というのも複数見られたため、種の特性として比較対照することができるほどの差があるとまでは言えないと筆者は判断している。

G. eacusの特徴

対して、G. eacusのみに見られる特徴としては以下のものが挙げられる。

  • 胸角先端がヘラ状に広がる※

  • 頭角の突起は多くとも先端から中腹にかけての  0〜5本に留まる※

前胸背板の厚みの薄さは、porteriの節で述べたものと同じく傾向があるかもしれない程度に留まると判断している。

ところで、eacusの胸角先端は単にヘラ状と言っても複数のタイプがあり、扇形、ひし形、中央に切り込みが入り左右の角が取れたもの、切り込みが入り左右に角張るものの4パターンが知られる※。この内ひし形のものについては、大型個体のものであっても一見尖った針状と見間違えかねないものもあり、参考文献に32-2、32-12、とナンバリングされた個体のものは胸角自体も非常に細長くなっている。
種としての特徴としてでなく、これらの比較的特異な個体のみに限定すれば、針状との誤認も免れない場合もあるのではないかと筆者としては考えている。

ムシキングのノコギリタテヅノカブト

では、本題の旧ムシキングにおけるノコギリタテヅノカブトのモデルの特徴はいかがなものだったのか。上記や両サイドの主張と照らしつつ見ていきたい。

今回は おI (Bubble_shield) 氏の投稿した過去ROMをPC上で稼働させることによるプレイ動画、並びにBlender上で3Dモデルを起動した際の画面から借用させていただいた。
有難いことに、前者の動画にてノコギリタテヅノカブトはその胸部の情報がわかりやすいアングルを取る「ハヤテ」という技を用いているため、まずはそちらから確認する。

ハヤテを使用するノコギリタテヅノカブト1
ハヤテを使用するノコギリタテヅノカブト2

前節で触れた特徴を念頭に入れてこれらを眺めてみると、まず頭角については、残念ながら小型個体でありノコギリ状の突起はほぼ確認できない。
胸部の厚さについては参考文献の標本と見比べると薄めである反面、頭角の先端は平坦に広がることなく針状であると特徴づけられそうだ。ここでは引用していないが、より接近した画角で見た場合でも先端に膨らみは見られなかった。
前脚第一節は、それ以降の節との差は残念ながら見受けられない。


では次に、Blenderを用いて表示した、同作のNintendo DS移植作品である「甲虫王者ムシキング グレイテストチャンピオンへの道2」にて用いられたノコギリタテヅノカブトのモデルと、これの脚部の流用元とされるコーカサスオオカブトの旧版モデル(一度刷新されている)に酷似したアトラスオオカブトのモデルを横に並べた写真を見てみたい。

ノコギリタテヅノカブトとアトラスオオカブト

アトラスオオカブトの脚部と比較して、フセツの光沢の濃淡に違いがある一方、腿節やフセツ先端の特徴は類似するものがあることは一定量認められるかもしれない。


私見と結論

さて、そろそろ私個人の意見を述べたい。

結論から言えば、私は【旧ムシキングのノコギリタテヅノカブトはエアクスを元に作成された】とする説には懐疑的であるべき であると考えている。ただし、 当該説に直接的に反論する材料は現状少し弱い という部分については認めざるを得ない、というのが私見だ。

まずそもそも、根拠があまりにも不足しているというのが大きい。当該説は3Dモデルのアラのみを根拠にしている都合上、たとえ根拠となる情報全てが正しかったとしても、どちらかと言うと「ツッコミ」程度のものとして受け取るのが妥当であると考えられる。
そしてそれらさえも、体長の短さや、胸部の厚さなど一部の個体差と呼べる程度の差は資料の都合によって十分合理的に説明できている。例えば光沢については、初版のコーカサスオオカブトのモデルも光沢のないモデルが用いられていたものが改訂版では強い光沢を持つものに刷新されたことを考えると、開発当初の技術力などの都合を考えるに根拠とするには不十分である。

総じて、当該説というのは、せいぜい当時のモデリングの誤りを、失礼を承知で言えば「鬼の首を取ったように」吹聴して回った程度に過ぎず、より正確に言えば、eacusに似た特徴を持つモデルとする程度に留めた方が良さそうなものである。

だが逆に「porteriの標本を用いていた」と断言するにしては、我々部外者が出せる根拠はあまりにも少ない。現状上がっている3つの反論は、正直なところ十分と言うには程遠いと考えられる。
形態上の反論である胸部先端の形状も、上述の通りひし形個体のeacusであればある程度説明がついてしまう程度の差異であり、共通項に関してはeacusの方が多いことは否めない。状況証拠のような形で挙がっていた流用説については、モデルの縮尺変更によって一定以上の一致率を示したデータなどが得られていればまだいいが、上で記したような「類似するところがある」程度の主観的な情報のみでは、論拠としても粗末であると言われても反論できない。
これは「カブトムシの百科」からの引用が多いという点にも共通していて、具体的にどの程度の文字数、当時出版されていた同書の第一版・第二版に共通していたかを示す必要があるのではないだろうか。
また、説明文に引用が多いことが、モデリングに用いたであろう標本の種の特定に寄与するかというのも別問題である。参考資料として「カブトムシの百科」が存在した証拠と、それをモデリングの際に活用したかどうかの証拠とはまた違うものだからだ。

当時の統括プロデューサーであった植村比呂志氏に真相を尋ねている方もいらっしゃったが、回答を得られる可能性はあまり高くないと思われる。

あまりつまらない回答ではあるが、真相は闇の中、というのが私の考え方だ。当時のモデリングを担当したチームの方々が、あるいは参考文献を集めていたり眺めたりしていたムシキングチームのメンバーが、どこかで真相やそのキーになるものを示してくださるのを、我々は待つ他ないのかもしれない。


参考文献・引用

本頁で使用した画像は、以下の動画、

および以下のページより引用させていただいたものである。


また、※のついた記述については、BE KUWA 第82号の記述から間接引用させていただいたものである他、その他の特徴についても、当該雑誌に記載された標本の多くを比較させていただいた。

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