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香住海岸と海上タクシー

 「香住海岸」は、兵庫県の日本海側、但馬地域にある。
 山陰海岸ユネスコ世界ジオパークの中核をなす山陰海岸国立公園の、さらにその中核にあたり、日本海の荒波が彫り上げた国内有数の豪壮な海岸風景が広がっている。

出典:山陰海岸ジオパークHP(一部加工)https://x.gd/sOcJT

 その海岸風景は多種多様な洞門、島嶼、断崖などから成っているが、国の天然記念物である柱状節理の断崖「鎧の袖」をはじめ、船に乗って海に出なければ拝めないものも多い。
 そのため遊覧船はこの地の探勝に欠くことのできないインフラであり、現在は、小型漁船を遊覧船として活用した「かすみ海上ジオタクシー」が、毎年春から夏の海況が穏やかなシーズンに運航している。

 海上タクシーから見た香住海岸の風景をいくつか。※筆者撮影

 巨大な釣鐘洞門の内部
柱状節理の島
松ヶ崎百層崖

 ところで、かすみ海上ジオタクシーが開業したのは最近で、令和元年のこと。
 平成28年までは「かすみ丸」という比較的大型の遊覧船が戦後より長らく続いていたが、 閉業してしまった。その閉業から海上ジオタクシーの開業まで、約2年間の空白があった。

 山陰海岸ジオパークの中核をなす山陰海岸国立公園、さらにその中核をなす香住海岸。その探勝の手段がまる2年ものあいだ失われていた。香住海岸のみならず、山陰海岸国立公園にとっても、心臓を欠いたような損失だ。

 相当な事件だったはずだが、当時、地域ではどのように取り沙汰されたのだろうか。その様子を、香美町議会の記録を中心に辿ってみたい。

 まず、遊覧船かすみ丸の閉業が明らかになった、平成28年春の議会。

西川誠一
そして、また、山陰海岸ジオパークの中核事業者が今年の秋で営業を終了されるというショッキングなニュースが入ってまいりました。今後のジオパーク等への活動の影響をどのようにお考えになるでしょうか。

平成28年3月14日 第90回定例会(第4日目)

浜上町長
いずれにしましても、現在の観光遊覧船の営業終了によって、本町の観光振興上かなりの影響が出るのではと心配されておりますので、町といたしましては、その影響が最小限なものとなりますよう、期間を置かず現在の会社にかわる新しい経営体が引き続いてあらわれていただくことがベストであり、切なる願いとしても持っております。

平成28年3月14日 第90回定例会(第4日目)

町長は、新しい事業者が出てくることを「切なる願い」としている。

 一方で、町議員たちはその答えに満足しない。この平成28年春を端緒に、複数の議員から質問攻めが始まる。

西川誠一
じゃ、行政としてはその遊覧船に対する支援もしくはその代わりとなる方に対するあっせんですとかそういうものに関しては、現在のところどういうふうに対応を考えていらっしゃるのでしょうか。

平成28年3月14日 第90回定例会(第4日目)

谷口眞治
全く私は関係ないから、あんたたちだけでやってよということなのか、それとも町はこれからできるところの部分で一緒になって考えていくということなのか。私はやっぱりそれは最低やるべきだと思いますよ。

平成28年3月15日 第90回定例会(第5日目)

寺川秀志
町長もよくジオパークの中心地でかすみ丸がなくなるということは残念がっておられますけど、人事みたいな感じがしとるんですね。ほんとに真剣にこの状況を思っておられるかという感じもしております。

平成28年12月15日 第94回定例会(第2日目)

 こうした声も後押しになったのだろう。平成28年度末、次年度の予算案について審議する段になって、町が一手を打つ。

浜上町長
 平成29年度予算におきましては、(中略)以下に掲げる各施策を積極的に展開することといたします。
 重点施策の第1は、産業・観光の振興でございます。(中略)
 山陰海岸ジオパークにつきましては、同ジオパーク推進協議会との連携を引き続き図るとともに、パンフレット作成やジオカヤック指導者講習会・検定会、ジオパークウオーキング、フォトコンテスト、ガイド養成等ジオパーク活動の普及・推進の取り組みを積極的に展開いたします。また、昨年11月末に廃業された事業者に代わって香住海岸での遊覧船事業を起業する志のある事業者を探る調査業務を実施いたします。

平成29年2月22日 第95回定例会(第1日目)

 さて明くる平成29年度、この「調査業務」の進捗が町議会において度々報告されることになる。
 まずは滑り出して少し経った6月。

浜上町長
 現在の進捗状況は、当事者のかすみ丸さんと調査業務の専門家との間で協議が行われ、譲渡に関する条件面の整理が整い、町と商工会、専門家を交えた協議により、新たな譲渡先を探しているところでございます。
 その中で、経営規模は違いますが、類似事業を展開されている事業者があったので、専門家に面談を行っていただきました。また、町も独自で情報収集を行う中で、事業のマッチングを行う団体へ相談、協議し、全国のデータベース上にある遊覧船事業者の譲渡の調査を行いました結果、3社の該当がございました。
 しかし、その全てが首都圏で事業を行う事業者であったため、現在のところ新たに継承する事業者を見つけるに至っておりません。

平成29年6月21日 第97回定例会(第3日目)

続いて9月。予定では、ここで業務完了となるはずだったようだ。しかし進捗は芳しくない。

浜上町長
 調査期間が9月末と迫る中、9月上旬に商工会と一緒に町も県外の事業者へ出向き、事業承継についてのお願いと事前の協議を行ってまいりました。協議内容といたしましては、遊覧船かすみ丸から事業を譲り受けた場合の課題や問題点、本町で事業展開するに当たっての人的な協力体制や現在所有している施設など、先方から気になる点について何点か伺っております。
 9月15日には、新規参入事業者調査事業でご協力をいただいております専門家と商工会、町も含めて改めて詳細な交渉とお願いを行うこととしております。交渉状況によりましては、調査委託期間の延長も含めた調整が必要となってくるかもしれません。
 厳しい状況でございますが、議員の皆様によい報告ができますよう鋭意取り組んでおります。

平成29年9月12日 第99回定例会(第2日目)

ここで示唆されたとおり、調査業務は延長となり年末にもつれこんだ。

浜上町長
 少し予定は延びておりますけれども、さまざまな事業継承に向けた対象の事業者の皆さんとの話し合いを今まさに委託をした商工会に仲介をしていただいて話し合いを進めておるところでございます。
 今朝も、特に1つの事業者の方との個別の交渉を今まさに進めておるところでございますから、何とか実現に向けていい話になればなというふうな思いでございます。…

平成29年12月18日 第101回定例会(第2日目)

結局、平成29年度の議会において良い報告が出ることは無かった。調査業務が平成30年度に持ち越されることはなく、他の手も無かった。
 そして町が遊覧船再開を断念したということが、翌4月に新聞記事に出る。

町は今年4月、「新たな事業者は見つからなかった」とし、再開断念を山口都子代表に伝えた。

平成30年6月20日 産経新聞https://www.sankei.com/article/20180620-DIGUPCFO7ZPKZBP3SXMV6RIISA/

 関係者はきっと暗澹たる気持ちで迎えたに違いない平成30年度、しかし、海上タクシーの開業に向けた動きが突如として生まれてくる。

寺川秀志
 最近は日本海のジオパークの関係では、これはだんだん増えてきておるんですが、小型一本釣りの業者の方は小型漁船、海上遊覧等をツールとして、志を同じくして一体となって団体をつくって、恵まれた自然の海を生かした新しい観光の目玉をつくろうと、アクションを起こされております。

平成30年6月19日 第104回定例会(第2日目)

浜上町長
 過日、議員の皆さんや観光関係者、商工会など、有志の皆さんで、京丹後市で行われております、漁船に乗ってジオパークの景観を海から眺める海上タクシーの取り組みを視察されたとお聞きをしております。(中略)
 このように皆さんがジオパークに対する機運を盛り上げていただいていることにつきまして、感謝を申し上げるところでございます。

平成30年6月19日 第104回定例会(第2日目)

 新聞記事や議会録だけを見ていると唐突なことに見える。
 平成30年度の間、着々と開業への準備が進んだようだ。平成31年度を迎え、海上タクシー開業に至る。

 同海岸では2016年、観光客らに長年愛された遊覧船「かすみ丸」の営業が終了。その後も海上遊覧の復活を願うファンの声が根強かったため、地元でアワビの養殖や一本釣り漁業などを営む漁師ら5人が中心となり、昨春以降、海上タクシーの運航開始へ向けた試乗や準備を進めてきた。
 今年1月、事業開始の届け出が国土交通省神戸運輸監理部に受理された。漁師や民宿経営者ら有志10人が3月、かすみ海上タクシー事業協同組合を設立し、運航体制を整えた。

平成31年4月11日 神戸新聞
https://www.kobe-np.co.jp/news/odekake-plus/news/detail.shtml?url=news/odekake-plus/news/pickup/201904/12231112

 再開断念の意が示された平成30年4月の時点では、調査業務に取り組んでいた町も商工会も海上タクシーを立ち上げる動きを把握していなかったようだ。
 そんな中でどのようにして海上タクシーの芽が出てきたのか。以下のようなインタビュー記事があった。

 香住で約25年にわたり旅館「庄屋」を営む西本庄作さんは、観光のオンシーズンとなる春から夏にかけて海岸部の景観を生かして観光客を呼べないかとかねてから考えていました。香住で67年続いた遊覧船が2016年に運航を取りやめ、これを惜しむ観光客が多かったことから「自分たちで何かを始めなければと思いました」と当時の心境を振り返ります。
 京丹後市で漁船を使った海岸ツアーが行われているのを参考に、まずは漁師仲間に声を掛けました。アワビ養殖業者で漁師経験もある嶋崎冨二男さんは、普段見慣れている海岸部に多数の観光資源があることに気付いていなかったそうで、西本さんに案内されて驚いたそうです。「これほど素晴らしい絶景があるならお客さんを呼べると確信できました」と嶋崎さん 。早速、かつての漁師仲間にも協力を呼び掛け、嶋崎さん、西本さんを含む5人が運航者として参加することになりました。

『JUMP』
(公財)ひょうご産業活性化センター、2020年9月
https://web.hyogo-iic.ne.jp/johoteikyo/genkiseityo

遊覧船を惜しむ観光客が多く、自分たちで何か始めなければと思った……。
 サラッと書かれているが簡単なことではないだろう。 現に、町や商工会が新規事業者さがしに躍起になっていた平成29年度の間は、ついぞ名乗りを上げずにいた。

 町が潔く一年で調査を打ち切り、断念の意を表明したことは、批判の声もあっただろうが、海上タクシーの有志たちに決心を促すという点で意味のあったことなのかもしれない。

 何にしても、自分が香住を訪れた頃にもし海上タクシーが無かったら、あのため息の出るような海岸風景に出会うことは無かったと思うと、本当に良かったと思う。

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