【ディラ研】音の重箱の隅 第4回:「プレッジング・マイ・タイム」(『ブロンド・オン・ブロンド』収録)
2020年10月18日付で別のブログにアップしていたものを一部修正のうえ転載しました。
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■原題: Pledging My Time
■曲のキー: A
■ディラン: 歌、Dハーモニカ(セカンド・ポジション)
■その他の演奏者
ドラムス: Kenny Butley
エレキ・ベース: Henry Strzelecki
エレキ・ギター(リード): Robbie Robertson
エレキ・ギター: Joe South
ハモンド・オルガン: Al Kooper
ピアノ: Hargus Robbins
■録音場所:テネシー州ナッシュヴィル、コロンビア・ミュージック・ロウ・スタジオ
■録音年月日:1966年3月8日18時~21時(テイク3)
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『ブロンド・オン・ブロンド』の1曲目があんな曲でしたが、2曲目がまた重たいスロー・ブルース曲です。もはやフォークの「フォ」の字もありません。(笑) まあ、今でこそこうして後知恵でいろいろ書いたり話したりできますが、リアルタイムで聞いていた人はさぞ面食らったことと思います。
アルバムが発売になった1966年5月といえば、The Beatles暦なら『Rubber Soul』と『Revolver』の間くらいの時期にあたるわけで...いや、その前年に『Shindig』というテレビ番組で、The Rolling StonesがHowlin' Wolfを紹介して「How Many More Years」を歌ってもらった(ピアノは若きBilly Prestonが担当!)ということもあったので、これを目にしたロック/ポップス好きの若者ならそれほど驚きはなかったのかもしれませんが。
ブルースというと12小節単位と考えがちですが、俳句が五七五だけとは限らないのと同じで、変形ブルースもいっぱいあります。弾き語りなら自由に引っ張ったり伸ばしたりできるので、たとえば4枚目に入っていた「黒いカラスのブルース」などは、ヴァースによって小節数がバラバラです。
この即興伸縮をバンドで演る猛者もいまして、一番有名なのはThe Rolling Stonesの「Little Red Rooster」(Howlin' Wolf版のカヴァー)だと思います。当然、音やタイミングが合っていない箇所もあるのですが、意識しなければ気づかない出来なのはさすがというべきでしょうか。
また、John Lee Hookerの1966年版「One Bourbon, One Scotch, One Beer」だと思います。キッチリ12小節を守るバックに対してHookerがドンドンずれていって笑ってしまうくらいなのですが、自由の美と様式の美との間でせめぎ合うパフォーマンスとも言えて、興味深いです。
究極はいたるところで気まぐれ変拍子が炸裂するJimmy Reedでしょうか。
長々と脱線しました。話を「プレッジング・マイ・タイム」に戻すと、この曲は8小節単位になっています。8小節単位で有名なブルース曲と言えば、ディランのファンにはお馴染み「Sitting On Top Of The World」、「Someday Baby」、他にもEric Clapton好きならご存じ「Key To The Highway」、「Nobody Knows You When You're Down And Out」、「Worried Life Blues」(「Someday Baby」のタイトル違いの兄弟。「Trouble No More」もそうですね。)などなど...
中でも忘れちゃいけないのは、Robert Johnsonの「Come On In My Kitchen」という曲です。歌メロがなんとなく似ているだけでなく、歌詞も少し「プレッジング・マイ・タイム」に混ぜ込んでいるので、ディラン解説本などにもよくその指摘が見受けられます。
しかし、音楽的にはどうでしょう? 「プレッジング・マイ・タイム」のコード進行を図にしてみました。
特に4小節目がD7のままではなくDm7コードになるところがワザでして、ほんのチョッピリこじゃれた(ジャズっぽいとまでは言えませんが)コード進行になっています。
対してJohnsonの「Come On In My Kitchen」の方はアコギ弾き語りなので、サウンド面が大きく異なるのは当然です。
その点は不問にするとして、Johnsonはギターをオープン・チューニングにしており、左手にボトルネックをはめて弾いている関係で、『血の轍』のニューヨーク録音曲のように、どこかモーダルというかコードの変わり具合が分かりにくいです。そこら辺が筆者が音楽的な類似を感じにくい理由なのかもしれません。
そんなわけで、「プレッジング・マイ・タイム」に一番近いコード進行を探して、8小節ブルースの心当たりを片っ端から聞いてみたところ、Howlin' Wolfが1957年に録音した「Sitting On Top Of The World」に行き当たりました。4小節目がサブドミナント・マイナーになるところ(特にHowlin' Wolfお抱えのギター弾きHubert Sumlinによるものと思われるフレーズは、明らかにマイナーコードを意識した音使いになっています)だけでなく、7~8小節目のターンアラウンドなどは一致率が高いように思います。
これもナッシュヴィルのスタジオミュージシャン達にインプットされていたブルース進行なんでしょうか? あるいはロビー・ロバートソンやディラン本人の入れ知恵という可能性もあります。
ちなみに、この4小節目がサブドミナント・マイナーになる8小節ブルース・パターンは、『セルフ・ポートレイト』収録の「イット・ハーツ・ミー・トゥ」でも出てきます。これはディラン自身がアコギを弾いていると思われますので、いつ覚えたかはともかく、この進行パターンをディラン本人が把握していることになります。(この曲は、後半がまた超イレギュラーなコード進行なので、これで一つネタができそうなくらいです。)
最後に「プレッジング・マイ・タイム」に関して思ったことを、箇条書きにしておきます。
・タイトルはJohnny Ace(Joan Baezのお気に入り)のヒット曲「Pledging My Love」をモジったものか?
・ハーモニカ・ソロで珍しくタンギング・ブロック奏法を使っている。また、ビブラートのかけ方からしてハーモニカを手で持って吹いている。
・3分10秒すぎあたりからハーモニカの音がだんだん歪んでジュルジュルした音に変化していく。これはおそらく録音後にスタジオ機材を使用して加工したもの(後年の「トライング・トゥ・ゲット・トゥ・ヘヴン」のアンプリファイド・ハープも同様)。
・2分50秒すぎあたり、「アイムプレッジン・マ・タ~イム、トゥユー」と歌った直後に、「チーン」というチャイムの音がする。これは何だろう、意図的に鳴らしたのか?