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Naomi:ポケットに穴の空いたBurberry

Charpter 2:ポケットに穴の空いたバーバリー


三鷹。駅から徒歩20分。築32年。家賃5万8万円。
これは、私が上京して初めて借りたアパート。
ユニットバスにつけるシャワーカーテンは
3か月に一回変えないと、すぐカビってしまう。
中央線一本で四ツ谷まで行けるのは便利だが、朝の通勤ラッシュにあうと、
新宿まで地面から浮いてしまった状態で行くことになるので、
なるべく一限の授業は取りたくない。

「社会人になったら、絶対こうなりたくない」とあの時から決めた。


高校までは勉強できてたから、先生からも親からもチヤホヤされて、
自分だけが特別だと思ってた。
しかし、東京に出て初めて自分がどれだけちっぽけで平凡であることを認めたくもないけど、どこからうっすらと気づいた。

だって周りは、私と同じようにガリ勉で入った地方出身の子もいれば、
既に英語がベラベラな帰国子女や、小中高私立で、夏休みは大体どこか名前の聞いたことのないヨーロッパの国を周遊して、
キラキラインスタを毎日投稿する子もたくさんいる。

もちろん、そんな子とはどうやって仲良くなれるのかもわかんないし、
そんなの見過ぎるとその子のアカウントをミュートにする。

私は彼らと違うの知ってる。そして、どこかで負けたくないとも思う。

でも心のどこかで、あの帰国子女たちのように、自然な「tr」と「dr」の発音ができるようになりたいし、
自信を持って留学生と話したい。

そう、私もいつか彼らのようにキラキラになりたいと思う。


きっかけは大学3年生ロンドンへの留学だった。

たまたま通った大学のグローバル教育センターでの張り紙に気を引かれて、
学校の紀伊國屋書店でロンドン紹介の本を立ち読みし、
その日の夜に、母親に電話して話した。

「もしもし、お母さん」
「あら、珍しいね、奈緒美ちゃんからかけてくるのって」と母親が少し驚いたようで
「お母さんさ、もしさ、私さ〜イギリスとかに留学したいって言ったら、どう思う?」
一瞬、母の声が途切れて心臓が跳ねた
ほんの少し、電話の向こう側から真っ暗な夜のように静かだった。
その瞬きが永遠に開けない夜のように感じていた。
「なんだ、なんのことかと思ったら、その話か!お母さんびっくりしたよ」
といつものように滲み出た笑いを感じた口調で話してくれたお母さん。
「全然いいんじゃない。奈緒美ちゃんの貯金で行きな」とからかってくるお母さん。
「え、、?」
「冗談よ、じょ〜だん。ほら、奈緒美ちゃん子供の時からもらってたお年玉とか、
お祝いのお金あるでしょ、それ、お母さん全部取ってあるんだから、それで行ったら?
足りない部分はお父さんとお母さんで頑張るから、ふふ。
お母さん、奈緒美ちゃんに行って欲しかったんだ、ずっと」

「いいの?」となぜか私の声がガラガラ。
「もちろんよ!行って来な!」

真夜中に一差しの光っていうのは、こんな感じなのか。


それから、留学中の生活費やら遊び代やらを稼ぐために、
塾講師とケンタッキーでバイトを掛け持ちしてた。
ガムシャラに走ってたら、気付いたら留学に行く直前となった。

出発する前、これまで大学で唯一の友達と原宿で買い物してた。
あっ友達のソンニは表参道だけどね。

ソンニは韓国人の留学生で、お父さんの仕事の関係で日本に来た。
留学生との交流会で知り合って、最初から日本語ベラベラだった。
韓国は競争が激しく、皆さんが受験戦争に勝つために、色々習わされてたらしい。
高身長のスレンダー美人で一見クールに見えるが、実際気さくで話しやすい。
日本語の練習相手になってあげたら、そのうち仲良くあった。
ただ、初めてソンニのお父さんが外交関連で日本に来てることを知った瞬間はやはり驚いた。

インスタで流行ってた青山のおしゃれカフェでランチして、
表参道から原宿までぷらぷらしてた。
ソンニは、Celineで赤とブラウン二色のストラップウォレットを購入。
こういう天井の高い、スタイリッシュなお店、
一人だけ絶対入れないし、人と一緒に入ってもキョロキョロで挙動不審だけだし、
ここで買い物なんてもっと無理。
でもソンニは、スーパーでトマトを買う勢いでその財布を買った。10分もしないうちに。

ちょっと羨ましい。
いや、だいぶ。


40分ぐらい並んでただろうか、裏原宿のパンケーキ屋で生クリームもりもりのパンケーキを食べた。
曲がりに曲がった街角でずらりとジャケットが並んで、
「SALE」と大きな文字でわかりやすく書いてあったポップが目立った古着屋さんに入った。
ハンバーにかけた服をカラフルな絵本を一枚一枚めくるように、自分に似合う一枚を探している私。

ふっと見つけた。

細いワイヤーのハンガーに右肩が若干ずれてかけてある一枚のトレンチコート。
襟の縁と袖先が白っぽくなって、ベルトのバングルがやる気のないように垂れて、
胸元の部分に少し茶色のシミがついている。
ただ、襟元馬と騎士のロゴからどうしても目が離れられなかった。

バーバリーだ。

店員さんが見えないように、さりげなくタグをめくって、
目立った赤い「SALE」の下に「14,900円」と書いてあった。
私のワクワクと期待が店員にみられないように、スーッとその服を手に取って試着してみた。
40のサイズは私にとって肩が少し大きく、がたいが良さそうに見えるけど、
気にあるふくらはぎの真ん中より下まで隠せるから、私にはちょうどいい。
手をポケットに突っ込んだら、

「あっ穴がある。」

穴があったら、どんなものをいくら入れても満たされないよね。
うん、そんなの知ってるよ。

だから安いんだ。
でもバーバリーだもん。
ポケットに穴があるのって誰も知らないもん。
バーバリーはイギリスだし、私はこれからロンドン行くし。
いいの。

「これをください」と店員さんに言った。
ソンニがCelineで財布を買った時の姿と口調を思い出して、
思わずに真似してみた。

そう、10分もしなかった。

つづく。

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