「恋の話」
だいすけわたなべです。
『キミのうた』発売中です。
よろしくお願いします。
恋の歌が6曲、入っているCDなので
せっかくなのでボクの恋の話でもひとつ。
さて、どの恋の話にしようか。
いろんなところで話してるけど
新潟の巻中央自動車学校で合宿で
運転免許を取った時の話にしよう。
ボクは大学生だった。
同級生の仲が良くていつもつるんでいた4人で
新潟に合宿で車の免許を取りに行った。
夏休みだった。
なぜ、新潟にしたか。
それは4人の中の一人が新潟出身だったから。
ただそれだけの理由だ。
免許合宿は楽しかった。
まわりはヤンキーばっかりだったけど
ボクがひとりだけ実技の試験で落ちた時
いっしょに笑ってくれたりした。
同じ期間に合宿で免許を取りに来ていた
ヤンキーではない人たちの中に
ボクらがあだ名をつけた男がふたりいた。
「コボちゃん」と「工藤公康投手」だ。
コボちゃんは、コボちゃんに似ていて
かなり小柄でおとなしかった。
なぜかひとりだけオートマで
みんなにちょっとバカにされていた。
しかもかなり小柄だからハンドルで
前が見えないんじゃないかと
心配されたりもした。
工藤公康投手は工藤公康投手に似ていた。
他にはこれと言ってエピソードはない。
女の子の3人グループがいて
明らかにボクらに興味を示していた。
その3人にもあだ名をつけていた。
「でかぱい」「山瀬まみ」「のり」だ。
「のり」は髪の毛が海苔みたいだから。
他のふたりはそのままだ。
その3人とボクらで、ある夜
映画を観に行くことになった。
「未来日記」の映画だった。
ボクはテレビの未来日記も
夢中で観ていたからおもしろかった。
たぶんみんな、恋をしたくなっていた。
そのあとカラオケに行った。
結局、ボクらはいつものノリで
カラオケボックスでプロレスごっこをはじめ
女の子たちはそれをただ見守っていた。
「でかぱい」「山瀬まみ」「のり」の
3人組とは別に
ボクには時々顔を合わすと
話をしたりしていた女の子がいた。
「スワロウテイル」だ。
当時公開されていた映画の
「スワロウテイル」に出ていた
伊藤歩にちょっと似ていたから。
「スワロウテイル」はボクのことを
気にしているように感じていた。
気のせいだったのかもしれない。
伊藤歩に似ているということも含めて。
でも、ボクの恋の相手は
ここまでに登場した誰でもない。
もちろん「コボちゃん」でも
「工藤公康投手」でもないわけで
「でかぱい」でも「山瀬まみ」でも
当然「のり」でもない。
そして「スワロウテイル」でもない。
相手は教官だった。
車に乗って教習所の中を実際に走る実技では
車に乗る前に受付で
機械のボタンを押すことになっていた。
そうすると紙が出てきて
そこには教官の名前が書いてあるわけだ。
その教官と車に乗ることになる。
もちろん教官には当たりハズレがあり
恐い教官もいれば
やさしい女性教官もいる。
みんな紙を出す時は
女性教官になりますようにと祈った。
でも女性教官は数人しかいないので
ほとんどがおじさん教官にあたる。
なのに、なぜかボクは
かなりの確率で
ひとりの女性教官を引き当て続けた。
睦美先生だ。
こばやしむつみ先生。
睦美先生はおそらく当時20代後半くらいで
前髪を斜めに流したショートカットだった。
あまりにも連続で当たるので
これは逆指名なんじゃないかとおもった。
その時すでにボクは恋に落ちていた。
ボクは先生のことを影では
「むつみ」と呼び
友達にも「むつみかわいいよな」と話した。
なぜか誰も賛同してくれなかった。
どうやら、むつみ先生をかわいいと
おもっているのはボクだけらしかった。
いいじゃないか。
むしろ好都合だ。
睦美先生はいつもいいにおいがした。
香水のにおいだ。
ボクは車内に広がる先生のにおいを
できるだけバレないように
おもいっきり鼻から吸い込んだ。
方向指示器を出すように
指示する時のかけ声がかわいかった。
「はい、右に〜合図」
右に〜で伸ばして合図で跳ねる感じ。
ボクはその指示を聞くと
メロメロになってしまい
いつも方向指示器を出すのが遅れた。
何度も睦美先生を引き当てて
少しずつ話をしたりするようになり
ある時、教習所の外の一般道での
教習から帰ってきた時に
睦美先生はボクにこう言った。
「いまからコンビニ行くんだけど、
このままいっしょに乗ってく?」
ボクは固まった。声が出なかった。
そして頭の中でぐちゃぐちゃに考えた末
なぜか断った。
「あの、みんなで昼ごはんを食べるのに、バスに乗らなくちゃいけなくて、えっと、それに間に合わないのでやめておきます」
「そっか。わかった」
ボクはなぜあの時、
先生の誘いを断ったんだろう。
もし、コンビニに行っていたら
どうなっていたんだろう。
ボクはあれから10年以上もの間
ずっとそのことだけを考えて生きてきた。
そのこと「だけ」だ。
もちろん答えは闇の中。
あの日のことを後悔し続けてきた。
後悔するたびにスニーカーを一足買った。
そしてそのスニーカーの靴底が
すり減るまで歩いた。
とにかくひたすら歩き続けた。
それがボクだ。
無事、すべての試験に合格して
巻中央自動車学校を去る日が来た。
ボクはしばらくの間
トイレの個室にこもって泣いた。
帰りたくない。
睦美先生と離れたくない。
ボクは自分でも信じられないけど
トイレで泣いたのだ。
友達はトイレから出てきたボクを見て
腹を抱えて笑った。
笑いたければ笑え。
おまえらにオレの気持ちが
わかるわけなどないのだ。
睦美先生に挨拶をしに行った。
最後にいっしょに写真を撮った。
当時ボクがいつも持ち歩いていた
フィルムのコンパクトカメラで。
シャッターは一度だけ切った。
睦美先生は誰かいい人と
結婚したのだろうか。
子供はいるのだろうか。
ボクのことなどきっと
とうの昔に忘れてしまっているだろう。
あの夏、ボクは車の免許と恋を手に入れて
その片方を同じ夏に残してきてしまったのだ。