【インタビュー】『山女』福永壮志
柳田国男『遠野物語』にインスパイア
英題はストレートに『Mountain Woman』となる。山田杏奈主演。福永壮志監督の新作『山女』。舞台は18世紀後半の日本の東北地方、未曾有の大飢饉に襲われた村で、先代の罪を負って死体埋葬など汚れ仕事をして生計を立てている一家の娘、蔑まされながらも逞しく生きる17歳の“凛”の物語である。
日本民俗学のパイオニア・柳田國男の民話集『遠野物語』に着想を得ているが、今日の諸問題を見据えたオリジナルストーリーに。福永監督と一緒にシナリオを書いた長田育恵は劇作家にして「てがみ座」主宰、また脚本家としては現在放送中のNHK連続テレビ小説『らんまん』も担当している。
「世界観的には『遠野物語』にインスパイアされつつ、集団による同調圧力や男尊女卑な差別性、それから元来あった自然に対する畏敬の念など、現在にも響く日本特有のテーマを軸に物語を形にしてみました。主人公が女性ですから、脚本を練っていく過程で男の僕には至らない部分がきっと生じると思ったので、長田さんに協力していただいたんです。例えば凛は村を捨て、不可侵の山で過ごそうとするのですが、捜索に来た村人に見つけられた際、戸惑いながら『オレ、臭ぇかんべな』と呟く。自然にまみれ、同化しているようでいても女性としての羞恥心を失っておらず、こういう感覚は、自分からは絶対に出てこないなと思いました」
『ロゼッタ』『ウィッチ』を参考に
福永監督は高校卒業後に米国へ渡り、ニューヨーク市立大学ブルックリン校で映画制作を学び、これまでの2本の長編、『リベリアの白い血』(15)と『アイヌモシㇼ』(20)はどちらも国際的な評価を獲得した。長編3作目となる本作では初めて主役にプロの俳優をキャスティング! あわせて今回は森山未來や永瀬正敏ほか、プロフェッショナルな面々を多数集めて撮影に挑んだ。
ちなみに撮影前、観返した作品の1本に『ロゼッタ』(99)がある。カンヌ国際映画祭にてパルム・ドールと主演女優賞(エミリー・ドゥケンヌ)を獲得したダルデンヌ兄弟の監督作だ。一方、山田杏奈はアニャ・テイラー=ジョイ主演、17世紀の敬虔なキリスト教徒の家族と魔女への恐怖を綴ったロバート・エガース監督の『ウィッチ』(16)とこの『山女』を何となく重ねていたという。福永監督は「彼女の佇まいと“目の輝き”が逆光に抗う凛役への決め手だった」と語る。
山田杏奈、永瀬正敏、森山未來の想像を超える演技
「撮影中は山田さんの演技については、あまりディレクションをしていません。キャスティングした時点で彼女の芝居の良さをわかっているわけですし、凛についてもみっちりお話をして共通認識が出来あがっていたので。事前にお願いしたことは方言ですね。遠野弁の会得と、あと、わらじを編めるようにしておいてほしい、と。山田さんもそうなのですが、タイプ的に役者さんは、セリフに頼らず表情だったり眼差しひとつで訴えかけられる方に任せたく、凛の父親役の永瀬正敏さん、謎めいた山男役の森山未來さんもそれで選んで、しかも僕の想像を超える演技で応えてくださいました。あとで知ったことですが永瀬さんは、できあいの物ばかりを食べて自分を追い込み、荒んだ役の気持ちを作って現場に来てくれたそうで、森山さんはクランクイン前、山形のロケ現場に入って、山中を歩いたり、土地のエネルギーを浴びる作業を自主的にやってくれていたんです」
ひとりの女性が自らの意志で人生を選び取る――『山女』は主人公が【居場所をさがす映画】でもある。
「一方的に彼女を取り巻く現実、世界の側が強く拒否してくるのを感じて、凛は否応なく彷徨わざるを得なくなるのですが、気をつけたのは“聖人”としては描かないこと。そうすると単なるファンタジーになってしまいますからね。できるだけ人間らしい振れ幅をもたせようと意識しました。自然を通じて異世界と触れ、捨て身で“ここではないどこか”へと向かう、そんな【居場所をさがす映画】になったと思います」