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アスタラビスタ 4話 part2
単純な技だけでは、彼に勝つことはできない。何か大きな作戦を組み、時間をかけてそれらを敷いて行かなければ、勝利に辿り着くことはできないだろう。
あぁ、なんでこんな時に。
また動悸がした。強いものではなかったが、少し気を緩めば先ほどのように呼吸が苦しくなるような気がした。
なぜ、なぜ私は、いつもこうなるのだろう。何かをしようとした時、必ず私の心臓は邪魔をする。私の心臓は私の行動を制限する。思考を侵食し、私の身体を支配する。
でも違う。昔はこんなんじゃなかった。ちゃんと自分の意志で身体を動かせていた。それは人よりも優れ、自分でも気持ちがいいほどだった。
なのに、どうして。
問う必要などない。理由はもう分かっている。私は失恋をして、自分自身に絶望したのだ。せっかく与えられた幸せを、呆気なく手放してしまった自分に。何よりも大切だった人を、幸せにできなかった自分に。
私は自分自身を信用することをやめた。
前に進むための意志、目的を失ったのだ。だから私の心臓は私に従うことをやめたのだ。
やっと分かった。雅臣に言われた言葉の意味が。
私は思い切り、自分の左胸を拳で叩いた。拳はコテをはめ、胸は胴で守られていたが、それでも胸が鈍い痛みを感じるほど、強い力で自分の心臓を叩いた。
そして大声をあげる。
「私は這い上がりたいんだ! 私の意志に逆らうな! 私を支配するのはお前じゃない! 私の意志だ!」
目の前で私の様子を見ていた雅臣が目を丸くした。そして道場の隅で私たちの手合せを見ていた清水や圭も、口を開けたまま固まった。
一瞬、雅臣の構える薙刀の切先から力が抜けていくのを感じた。私の様子に驚いて隙が生まれた瞬間だった。
私は開けていた彼との間合いを大きい一歩で消し去り、薙刀で彼の足元を狙った。私の突然の攻撃に、彼は咄嗟に身体を後退させ、切先で私の薙刀を止めた。
薙刀の切先、先端から十センチの物打ち部分で、私と彼の薙刀がぶつかる。即座に切り替え、次の技へと移行しようとした瞬間、雅臣が私に対して身体の正面を向け、防御の体勢のまま押し迫ってきた。私も正面を向き、彼の薙刀に自分の薙刀を押し当てる。
接近戦だ。長身の彼は私を悠々と見下ろす。その目は鋭く、私を見据えていた。彼から視線を逸らすわけにはいかなかった。視線を逸らしたら、それは心での負けを意味する。
動悸か、動いたせいか、息が上がっていた。一息つく。そして私は彼に挑発するかのように笑って見せた。
「少しでも、油断や隙を見せたら、容赦なく狙いますから」
これが本当の手合せなら、私はこんなにも失礼なことは言わない。だが、そんな失礼なことをしてしまいたくなるほど、彼は私の戦闘心をくすぐった。
「ったく、あれはわざとか? 突然大声あげやがって……」
雅臣は私に笑い返してきた。彼も私との手合せを楽しんでいるようだった。そして、ぶつかり合う薙刀から、彼が本気であることが伝わってくる。
「さっきと別人じゃねぇか。お前!」
私から咄嗟に離れ、雅臣が初めて技を繰り出した。後退しながら彼は私の側面を狙ってきた。私は寸でのところで彼のメンを薙刀で防御した。薙刀を持つ両手が、彼の技を受けた衝撃で痺れた。
やっと自覚する。彼が成人男性だということを。感じたことのない、圧倒的力。真っ向勝負では到底勝つことはできない。
「おい! 卑怯だぞ、雅臣! そんな難しい技使うな!」
道場の隅から圭が雅臣へ野次を飛ばした。
「そうだそうだ! そんな力入れて打つな! 紅羽ちゃんが痛がってるだろう!」
便乗して清水も野次を飛ばした。それまで私から目を離さなかった雅臣だったが、視線を彼らの方へと逸らし、眉間に皺を寄せて小さく舌打ちをした。
私も随分舐められたものだな、と思った。後退しながらのメンは難しい技ではない。確かに前進しながら技を入れる方が私は得意だが、後退しながらの打突も基礎として学んでいる。別に変わったことじゃない。
雅臣だけが悪く言われているが、こればかりはやっている本人たちにしか分からない。
おそらく、私も彼も限界を越えなければ、この手合せで勝つことはできないと自覚している。だから、雅臣は私に本気で技をかけているのだ。
ありがたいと思う。こんな私に、こんな衰弱した私に、安い同情なんてせず本気でかかってきてくれる彼に、私は心の底から感謝した。
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