アスタラビスタ 4話 part4
私はメンを狙う。私の身体はスネを打った時の前傾姿勢を保つのが、今の筋力では難しい。そのため、雅臣にスネを狙われた時、防御も回避もできず、生身を打たせる結果となった。ならば、無駄な体力を使う必要はない。執拗にメンを繰り出せばいい。そして、おそらく、雅臣も私の動きを見て、私がスネを苦手としていることに気がついた。
「そうだ紅羽! 生意気な雅臣をぶっ潰せ!」
応援にしては汚い言葉で圭が私に叫ぶ。別に私は雅臣を生意気だなんて思っていないのに、そういう応援をされると、まるで私の戦っている理由が「生意気」な雅臣に腹を立てているからみたいじゃないか。
私は機会を見計らっていた。メンを狙い続け、雅臣の思考に「私はスネを極端に避けている」という情報を植え付ける。
不得意とする技を利用して、私は雅臣を騙すのだ。
彼は当然のように私のメンを受ける。それはすべて私の計画内でのフェイクであることを、彼はまだ知らない。私は彼に自分の技を防がれ、悔しそうな表情をわざとしてみせる。限界ギリギリで戦っている様を装う。そうすれば、彼の脳内で私がメンを執拗に狙う理由が「戦略」ではなく、「スネの不得意・限界と疲労」として、信じられるだけの材料が揃う。
そして彼は、やがて私の脛技への警戒が薄れる。
私は充分な距離を取る。彼の攻撃が届かない、遠い間合いを取る。そして息を大きく吸い込み、八相に薙刀を構える。そして二歩、助走をつけるように彼へと近づき、三歩目で薙刀を振り下ろした。
最後まで、最後まで悟られてはいけない。最後まで、騙し続けなければならない。
私は薙刀の切先の進入角度を、メンを打つときのほぼ垂直な角度で振り下ろす。ギリギリまで、メンを打つ時と同じ動作をする。雅臣は咄嗟に薙刀の柄を自らの頭上にあげ、私のメンを柄で受けようとした。
思わず笑みが零れる。柄でメンを受けるという行為は受け技としては有効だが、薙刀を頭上にあげるせいでスネががら空きになる。
私の笑みで彼は気づいたのか、目を見開いた。私は彼を完全に騙せていた。彼は私の思惑通り、私の作戦にはまっていた。
アドレナリンが大量に分泌される。生身を薙刀で打たれた痛みも、もう全く感じなかった。動悸もしない。ただあるのは、彼を完全に騙せていたという優越感と、目の前にある勝利のみだった。
私は自らが振り下ろす薙刀の軌道を大きく変える。背筋を全て使い、メンを受けるために掲げられた雅臣の薙刀を避ける。彼の身体の体側をなぞるように、薙刀を走らせる。
歯を食いしばって、足は床をつかみ、腰を落とす。もう六年以上感じたことのない、薙刀の軌道を無理矢理変更する遠心力が、身体にのしかかる。
私は彼に笑った。
勝つのは私だ。これが本当の私だ、と。
自分の叫び声が上がった。聞いたこともない、雄叫びのような声。現役時代でも、こんな声は出たことがなかった。
身体の回転を使うため、私は左足を後退させる。前である右足を軸にして、薙刀の切先が円を描くように身体をさばく。腰を低くし、膝を曲げた状態でのこの動きは負荷がかかる。私はもはや、自分が打とうとしている場所を見てはいなかった。ただ歯を食いしばり、強烈な遠心力とスピードを出す薙刀をコントロールすることに集中していた。
当たれ、当たれと心の中で何度も唱えていた。
乾いた音が道場の中に鳴り響く。それは今日、初めて聞こえた、有効を示す音だった。
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